第三章 帝国脱出

第一話 おっさんとカリンの馬車での旅


 まーさんとカリンは、王都を無事に脱出できた。

 馬車で、半日ほど移動した場所で、一日目の移動は終了した。


 街道から少しだけ外れた場所に、馬車を止めて、野営の準備を始める。王都から出たこともあり、まーさんとカリンは、着替えて普段の姿に戻した。


「ふぅ。やっぱり、この格好が楽でいい」


「えぇ執事風の姿も良かったのに・・・」


「カリンは、何を着ても似合うな」


 バステトは、カリンの膝の上で丸くなって眠っている。最初は、まーさんの膝の上に居たが、カリンの膝の上に移動した。まーさんは、カリンの膝の上の方が柔らかくて良いのだろうと笑っていたが、カリンとしては、少しだけまーさんの言い方が恥ずかしかった。バステトの背中を撫でていた手に力が入ってしまって、バステトに抗議の鳴き声を挙げられてしまった。


「ごめん。まーさんが・・・」


「俺が?」


「ううん。なんでもない。野営なんて始めてで・・・」


「そうだよな。学校で、キャンプとか、課外授業は無かったの?」


「うん。キャンプは無かった。課外授業も、ホテルだったから・・・。テントを使ったことも無い」


「そうか・・・。今回は、馬車の中をカリンが使って、俺は外で寝るよ」


「え?あっうん。わかった」


 カリンは、周りを見ると、付いてきている侍女を除くと、女性は自分だけだ。護衛は、男性だけ。馬車をカリンが使うことになれば、侍女はカリンと一緒に馬車の中で休むことができる。慣れていると言っても、男性と一緒に寝るよりは、女性だけで馬車を使って休む方が安心はできる。


「バステトさんは、カリンと一緒に居て、彼女を守ってくださいね」


”にゃ!”


 丸くなって寝ていた、バステトが、まーさんの声に反応して身体を起こして、まーさんのお願いを承諾するように鳴き声を上げる。


「バステトさん。ありがとうございます」


 バステトの”了承した”と、認識できる鳴き声を聞いて、カリンはバステトの頭を撫でながら、お礼の言葉を口にする。実際には、バステトさんがカリンを守らなければならない状況になってしまうのは、まーさんだけではなく護衛をしている者たちが全滅しているということだ。まーさんも、カリンも、理解している。護衛たちも、二人に危険が迫る状況を忌避している。辺境伯からの依頼だということも大きい。


 野営の準備は、護衛の者たちが行った。

 まーさんも手伝った(主に食事方面)。カリンは、戦力外通知を受けて、馬車の中でバステトを撫でていた。


「カリン様。準備ができました」


 侍女が呼びに来た時には、カリンはバステトの背中に手を置いた状態でウトウトし始めていた。


「え・・・。あっ!はい。今、行きます!起きています!」


 ”起きています”は、完全に余計な一言だ。蕎麦屋の出前のような受け答えになってしまったが、覚醒したカリンは、自分で口元を拭ってから、馬車から降りた。バステトは、起きていたのか、すでにカリンの膝の上から降りて、自分で歩いてまーさんの所に移動していた。


 カリンが馬車から出てきて、バステトも、まーさんの足元に移動する。カリンに撫でられるのは好きだが、やはり、飼い主であり、主はまーさんなのだ。


 侍女を無理やり座らせて、カリンは出された食事に手をつける。


「辺境伯の領都には、どのくらいで到着するの?」


「天候次第だとは思いますが、急げば5日程度です」


「そう・・・。まーさん」


 カリンは、まーさんを見た。カリンが、ゆっくりと物見遊山で辺境伯に行きたくなっている。せっかく、”自由”になったのだ。今は、”自由”の代償を考える必要はない。カリンの気持ちがわかるまーさんは、侍女に変わりに話をする。


「ゆっくり進めば、どの程度ですか?」


 急に、まーさんが丁寧な言葉を使ったことで、驚いたカリンはまーさんの顔を、覗き込むように見てしまった。

 カリンの目線に気がついたまーさんは、カリンの頭を軽く”デコピン”で弾いた。


「・・・。すみません。街での活動で増えますが、1泊だけとしても、15日ほどは必要になります」


 侍女は、まーさんが自分に質問をしていると考えなかったが、まーさんとカリンの視線から、自分に質問をいていると気がついて、慌てて返答を行った。


「そうですか、辺境伯の派閥の街だけで、各街で2泊すると考えた場合には、無理な旅程になってしまいますか?」


「もうしわけありません」


 侍女は、頭を下げてから、謝罪の言葉を紡いでから、謝罪の意味を説明した。


「派閥の街は把握できますが、安全なルートが確約できません。少し、相談してきてよろしいでしょうか?」


「そうですね。無理のない旅程を組んでください。私も、カリン嬢も、野営には慣れていないので、できれば街で休めると嬉しいです」


「かしこまりました」


 侍女は、まーさんとカリンに頭を下げてから、馬車の護衛をしている者たちの所に移動した。


「まーさん。いいの?」


「どうだろうな?俺が、勇者(笑)なら、俺やカリンが居ないことに気がついたら、すぐに追手を差し向けるけど・・・。この状況で、誰も追ってきていないのなら、大丈夫だとおもうぞ・・・。それに・・・」


「それに?」


「あぁ・・・。気にしなくても・・・。ダメだな」


 カリンは、頷いた。カリンの表情から、まーさんは誤魔化すのを諦めた。この時点で、ゆっくり進もうと考えを変えた理由も説明しておいたほうがいい。


「カリン。俺たちは、無事王都を脱出したよな?」


「うん」


 カリンがうなずく、下準備もしていたし、脱出が”失敗する”可能性は低かったが、成功したのは間違いではない。


「追手の気配もない」


「うん」


「でも、カリンの元御学友であり、偉大なる勇者(笑)御一行なら・・・」


「なら?」


 まーさんは、辺境伯やロッセルから勇者たちの悪行を聞いている。


「カリンを、式典に出席させようとするよな?頭の中まで精子に犯されている男子はわからないけど、聞いた話では、カリンに執拗に絡んできたメスが居たのだろう?」


「え?あっ・・・。うん」


「だから、ゆっくり進もうと思ってね」


「え??」


 カリンが、可愛く首を傾げる。

 不安な表情ではなく、単純に、それなら急いだほうがいいのでは?という疑問が湧いたからだ。


「急いでも、ゆっくりでも、それほど変わらないよ」


「?」


「急いだ場合には、急いでいると、すれ違う者や、街で噂になる可能性がある」


「・・・。うん。でも・・・」


「そうだな。ゆっくりだと、追手が出たときに、見つかる可能性がある」


「うん」


「俺たちが、”逃げ出した”と偉大なる宰相閣下も、優秀な頭脳を持っているカリンの御学友も考えるだろう?」


「・・・」


 まーさんの嫌味な言い方に、カリンは、本当に嫌いなのだと認識を強める。


「”逃げている”奴らは、安全な場所まで急ぐのが一般的だよな?」


「うん。あっ!」


「そう。侍女が言っただろう、『急げば5日』だと、追手が出たとしても、5日以上の時間が経過していると考えれば、辺境伯の領都に急ぐと思わないか?」


「・・・。でも、領都で待たれたら一緒だよね?」


「カリン。勇者(笑)のお披露目の日程は?」


「え?10日後くらい?」


「そうだな。勇者(笑)の式典は、正確には12日後だな」


「うん。・・・・。・・・?」


「カリンを探しに出る者たちは、急いで戻らないと、殺されるだろうな」


「あっ!そうか、ギリギリの日程だ!」


「だから、俺たちが急ぐ必要はない。使者と言う名前の、追手が、王都から急いで辺境伯の領都に着いたとしても、俺たちが居なければ意味がない。偶然、どっかの街で俺たちを見る可能性も低いだろう」


「うん。うん」


「だから、ゆっくりと寄り道をして、いろいろな景色を見て、いろいろな町を歩いて行こう。経験は、これからの生活には必要だからな」


「うん!ありがとう!」


 まーさんの膝の上に載っていた、ブロッホが起きて地面に降りた。カリンの言葉にびっくりして起きてしまったようだが、まーさんとカリンの表情を見て、問題はないと思ったのだろう、地面でまた伸びをしてから、辺りを見回している。まーさんの顔を見てから、短く鳴いた。


”にゃ”


「いいですよ。まだ食事も終わっていませんし、侍女から行程を聞かなければなりません。自由にしていいですよ」


”にゃぁ”


 ”わかった”とでも言ったのか、まーさんとカリンの足に身体を擦りつけてから、街道とは反対方向に移動した。

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