第二章 王都脱出

第一話 おっさんロッセルと街を歩く


「おはよう。まーさん」


「カリン。何度も話したよな?」


「うん。でも、まーさんが起きてこないから、イーリスとロッセルが困っているよ?」


「約束はしていないと記憶しているが?」


 まーさんは、ベッドから起き出して、サイドテーブルに置いてある水差しから、コップに水を注いだ。


「まーさん。お水・・・。冷やす?」


「あっ大丈夫」


 まーさんは、コップを両手で覆ってから、魔法を発動する。

 常温よりも少しだけ水を冷たくする。


 冷えた水を一気に飲んだ。


「それで?イーリスとロッセルが、”なん”の用事で?」


「うーん。辺境伯が、”まーさんに会いたい”と言っていて、まーさんの予定を聞きたいらしいよ」


「わかりました。シャワーを浴びてから、食堂に行く」


「わかった。イーリスに、そう伝えるね」


 まーさんは、カリンが”秘書のような役割になっている”のが気になっている。自分の好きに生きて欲しいと伝えたのだが、自分まーさんに依存してきているのを感じてしまっている。”なぜ”という思いはあるが、カリンは日本に戻れたとしても天涯孤独だと言っている。探せば、縁戚の一人や二人は見つかるかもしれないが、世話にはなれないだろう。それだけではなく、他にも事情を抱えている。まーさんは、天涯孤独ではないが、実家との縁切りは終わっている。心残りがあるとしたら、”友”のことだけだ。しかし、日本に戻れないのなら、こちらで生きていくしかないと考えていた。

 カリンは、ロッセルとイーリスからまーさんとの連絡を頼まれることが多くなっている。まーさんが、昼間から王都をプラプラと散歩することが多く、なかなか伝言が伝わらないためだ。カリンも、メモをバステト大川大地に持たせて、まーさんに伝言をする日々を送っている。


 今回は、まーさんが部屋で寝ていると、バステトの態度で解ったので、部屋を訪れたのだ。


「カリンも一緒に来るか?辺境伯が来るのだろう?」


「うーん。面倒だから、パス。バステトさんと一緒に待っている」


 カリンが、まーさんに告げた”バステトさんと待っている”は、部屋でまーさんが帰ってくるのを待っているという意味にほかならない。開き直ったカリンは、異世界を楽しもうと考えていた。


「わかった」


 まーさんは、着替えをするために、カリンを追い出した。カリンは、バステトを連れて部屋に籠もるようだ。今日は、覚えた魔法の詠唱を工夫して効率化を行うことにしたらしい。着替えを終えたまーさんは、部屋を出て食堂に向かった。食堂に向かう途中で、カリンとすれ違った。ロッセルが食堂でまーさんを待っていると伝えてきた。


「まーさん」


「久しぶりだな。カリンから、”辺境伯が会いたい”と言っていると聞いたが?」


「はい。まーさんが、”ラターユの奇跡”で作らせた、蒸留器に関して興味を持たれています」


「”ラターユの奇跡”?」


「まーさんが、連日のように、訪れている。酒場の名前です」


「へぇ・・・。そんな名前だったのだな」


「・・・。それはいいのですが、問題はありませんか?」


「いつにする?」


「辺境伯は、王都のお屋敷に滞在されております。まーさんの都合に合わせるとおっしゃっています」


 まーさんは、少しだけ考える振りをして、すぐにトンデモないことを口にする。


「ロッセル。俺が行きつけにしている店は、辺境伯も知っているのだったな?」


「・・・。はい。まさか?」


「奥の部屋を予約しておく、今日でも、明日でも大丈夫だ」


「はぁ・・・。わかりました。辺境伯に、お伝えしますが、拒否されるかもしれませんよ?」


「その時には、改めて、辺境伯が場所を決めてくれればいい」


「・・・。わかりました。辺境伯にお伝えします」


「頼んだ」


 まーさんは、席を立った。


「まーさん。今日は?」


「カリンに、事情を説明してから、王都を散策する」


「またですか?」


「意外と”この国”のことがわかるぞ」


「え?」


「ロッセルも暇なら付いてくるか?」


「・・・。お付き合いします」


 1時間後に待ち合わせをして、王都を散策することに決まった。

 ロッセルは、まーさんが何をしているのか気になっている。尾行させたこともあったが、”街歩き”をしているだけと報告を受けた。


「おまたせしました」


 ロッセルが待ち合わせ場所に街歩き用の格好で現れた時には、まーさんは既に準備を終えていた。


「行こう・・・。と、言っても、決めているような場所は無いのだけどな」


 ロッセルは、辺境伯への伝言をイーリスに任せた。

 イーリスも、研究の成果を伝える必要があった。カリンの成長を合わせて報告する為に、辺境伯の屋敷を訪れている。


「そうなのですか?まーさんが普段行っている場所に案内してください」


「いいぞ」


 ロッセルは、まーさんの後に続いた。


 二時間ほど、王都の下町と思われる場所を歩いた。


「まーさんは、いつもこんな感じで散策をしているのですか?」


「そうだな。今日は、屋台が少ないから買い食いはすくないけど、それ以外は、いつもと同じだな」


「・・・。なんのために?」


「ロッセルは、どうやって魔法を覚えた?」


「え?」


「俺は、自分の目で見て、耳で聞いたことを信じたいと思っている」


「はぁ・・・」


 ロッセルは、まーさんが何を言いたいのかわからない。どこに、魔法が関係しているのか考えてしまった。


「魔法を、誰かから教えられて、それだけで使えるようになるのか?」


「え?」


「自分で実際に使ってみて、効力を確認して、そのあとで工夫をして、やっと使える魔法になるよな?」


「そうですね」


「それと同じ、俺は、ロッセルやイーリスや他の者から聞いた話を、落とし込んで、街で話を聞いて、実際にどうなのか考えている」


「それで?」


「うーん。結局、”同じ”だと解っただけだな」


「同じ?」


「世界が変わっても、技術が違うだけで使っている”人”は同じだということだよ」


「??」


「うん。まぁいいよ。それよりも、野菜の値段が上がってきているけど、何か知っているか?」


「もうしわけない。市井の情報には疎くて・・・」


「だろうな。王城で行われていることが全てじゃないのだけど・・・。辺境伯も、ロッセルと同じなのか?」


「同じとは?」


 まーさんは、少しだけ”しまった”という表情をした。

 流れで話してしまったが、ロッセルに話すつもりが無かったことだ。


「はぁ・・・。まぁいいか・・・。ロッセル。辺境伯は、王城と市井の関係をどう考えている?」


「え?あっ・・・。まーさん。わかりません。でも、まーさんと同じように、一人で”ふらっ”と出かけることがあると、護衛が嘆いていました」


「そうか、それは・・・。いい話が聞けた。おごってやるから、屋台を制覇しよう」


「まーさん!無理ですよ。それよりも、野菜の値段の話を教えて下さい」


「うーん」


「まーさん?」


「ロッセル。勇者(笑)たちに動きがあるよな?」


 まーさんは、屋台で買った串を食べながら、ロッセルの疑問に答えるために、質問をした。

 ロッセルが答えられないのが解っての質問だ。まーさんは、ロッセルが言葉を濁したら、質問には答えないつもりで居たが、ロッセルは、まーさんをまっすぐに見つめて、”自分からは言えない”とだけ答えた。

 ロッセルの答えに満足した、まーさんは、野菜の値段が上がったことについての推測を話した。


 まーさんの話を聞きながら、ロッセルは気持ちを抑えることに集中していた。

 ロッセルが、イーリス経由で聞いている話や、王城に残っている部下から聞いた話が、まーさんから聞かされている。詳細な内容は違っている部分もあるが、大きくは外れていない。イーリスやロッセルが話したわけではない。野菜や王都に居る商人や、市井の状況から、予測できたことに驚愕を感じた。


「どうした?」


 ロッセルが、考えをまとめようとしていたが、まーさんが考えを中断させる。


「え?」


「このあとは、どうする?」


「あっ・・・。私は、辺境伯のところに行きます」


「わかった。夕の刻には、いつもの店に行くようにする」


「わかりました」


 ロッセルは、すぐにでも辺境伯にまーさんが推測した内容を伝えたかった。

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