第十五話 おっさん日常を謳歌する


 まーさんたちが、王城を出て、1週間が経過した。

 何もすることがなく、惰眠を貪りつつ情報収集を、行っていた。簡単に言えば、やることが無いから、ダラダラしていたが正しい表現だが、まーさんは夜になると”ふらっ”と部屋を出て商業区にある飲み屋に行くようになった。


「まーさん。今日も、飲み屋?」


「バステトさんをお願いします」


「はい」


”にゃ!”


 バステトが、まーさんの部屋からカリンの部屋に移動する。


 夕方に、カリンと交わした会話もこれで、4日連続となっている。


 最初は、訪ねてきたロッセルに紹介された店に行ったのだが、まーさんが話を聞きたいと思っていた連中は現れなかった。給仕にチップを渡す時に、客層を聞いて、まーさんが求める人物たちが居そうな店を教えてもらった。


「お!まーさん!今日も来たのか?」


 店に顔を出すと、2-3日で仲良くなったマスターがまーさんに声をかける。金払いのいい客が好まれるのは、この世界でも同じなのだ。


 まーさんは、店を教えてもらって、4軒の店を”はしご”した。最後に入った店が一番”下品”で安い酒を扱っていた。酔っ払ったフリをしてまーさんは、その場に居た全員の代金を自分が持つから、店の酒を全部もってこいとマスターを煽った。マスターは、それなら秘蔵の酒から出してやると言い放ったが、まーさんの懐には、金貨が100枚ほど入っていた。店に置いてある安酒なら全部を買い取ってもお釣りが来る。


「お!」


 ここ数日で顔なじみになった客からも声がかかる。

 カウンターに移動して、マスターの前に座る。


「そうだ。まーさん。依頼された器具が出来たぞ?どうする?」


「お!それは僥倖。持ってきてもらえるか?」


「わかった」


 マスターは、店の奥から抱える位の箱を持ってきた。

 受け取ったまーさんは、中身を確認する。まーさんは、”この店”以外の店でも”ガラス”のコップが使われているのが気になって、マスターに聞いてみた。初代様の時代から、いくつかの”魔法”を組み合わせた魔道具でガラスを作っていると教えられた。色は難しいようだが、形は自由に出来ると教えられて、まーさんはマスターに依頼して、”蒸留器”を作ってもらったのだ。初代は、どうやら”蒸留”には手を出さなかったようだ。


「お!注文通り!」


 まーさんは、箱から蒸留器を出して笑顔になっている。

 マスターだけではなく、店の常連もまーさんが取り出した機材に興味があるようだ。王都や都市ではガラスは一般的に使われているが、まーさんが作らせた様な物は初めて見るようだ。


「まーさん。それで、使い方は?一応、工房からは指示された通りには機能したと言われたぞ?」


「そうだな。マスター。安くて、まずい、酒精を貰えるか?」


「え?”まずい”物でいいのか?」


「あぁ”うまい”のを実験に使うのはもったいないからな」


「わかった」


 まーさんが依頼した蒸留器では、注ぎ口があり、2リットル程度が入るよう容器になっている。大量に作る必要がなく、”辺境伯”への土産にしようと思っている。社会人として、手土産は”必須”と考えた。実際には、手土産もなにも必要ないのだが、交渉の席で相手が喜びそうな物を持っていくのは、交渉の第一歩だと考えていた。

 実際に、まーさんはロッセルに教えられた店からこの店に移動している最中に、尾行がいることも認識している。手を出してこないことや、敵意を感じないことから、ロッセルが用意した護衛か、辺境伯が指示を出した観察だと判断している。実際に、店の中に入ってきて、興味深そうにまーさんを見ているので、気が付かないふりをしている。


 マスターが奥から持ってきたのは”樽”だ。


「樽?」


「あぁ安かったから仕入れたけど、まずくて、飲めない。試しに店に出したら、誰も飲まない。それで、樽で残っている」


「マスター。もしかして、まだあるのか?」


「ある!」


 自信満々に言い切るマスターに少しだけ呆れながら、まーさんは口にふくんだ。

 確かに”まずい”。


「(たしかにまずい)ミードか?」


「おっまーさんは、流石に解ったようだな。そう、ミードだ。薄い上に、何が悪いのかわからないが、酒精があまり感じられない。余計なハーブが邪魔しているような感じだ」


 何が”流石”なのかわからないが、マスターが持ってきた酒精は”ミード”と呼ばれる物だ。まーさんは、日本に居たときにも、ミードを大量に仕入れたけど、納入先が夜逃げして困っている人と、新宿歌舞伎町の星座館ビルで変わったバーを営んでいる人を繋げたことがあった。その時に、飲んだ味を覚えていたのだ。


「たしかに・・・。マスター。このミードは、いくらだ?」


「あぁ・・・。まーさん。その樽は、まーさんにやる。この前の”デポジット”とか言った方法を教えてもらった礼だ」


「そうか?ありがとう。それじゃ、気になっている者もいるようだから、使ってみるか?」


 まーさんは、監視している者を意識して、店の中に聞こえるように宣言する。

 マスターに必要な物を用意してもらった。


「まーさん」


 蒸留を不思議な物を見るように店にいた者たちが見守っている。

 熱せられたミードの蒸気がもう一つの容器に溜まり始める。冷やされて水分になっていく。2リットルを蒸留した。客の中に、”冷やす”魔法が使える者がいたので、まーさんが頼んだ。前回、まーさんにおごってもらった人なので、まーさんの依頼を快く受けて、出来上がった水分を冷やした。


「マスター」


「ん?」


 まーさんは、冷やされた物を二つのコップに注いた。一つを、マスターに渡した。

 自分が先に口を付ける。


(若いけど、さっきよりは、アルコールを感じる。ハーブが際立って、うまくなっているな)


「う、うまい!まーさん!何をやった!」


 詰め寄るマスターをまーさんは落ち着かせて、見ていたとおりの話をする。蒸留の仕組みは面倒なので黙っている。”まずい酒精”がうまくなる”可能性”がある装置とだけ教えた。


「まーさん!この装置!」


「いいよ。マスターが自分で作るのなら、勝手に・・・。は、ダメだな。数日、待ってくれ話を付けてくる」


 まーさんを監視していた者が慌てだすのを見て、辺境伯の手土産だったのを思い出した。監視している者から、辺境伯に連絡が行くだろう。


「マスター。数日だけなら貸し出せる。それで勘弁してくれ」


「わかった!それでも十分だ。まずいミードがうまくなるからな」


 まーさんは、細々した条件をマスターに提示したが、マスターは”わかった”の一言で済ませた。監視している者が店を出ていったのを見て安心したまーさんは、マスターに使い方を教えながら、店に居る他の客にも飲ませた。

 蒸留した物は、蜂蜜の甘さが強くなり、ハーブが際立っている。偶然なのか、狙ったのかわからないが、バランスが整っている。それでいて、酒精が強い。まーさんが鑑定で確認すると、


///アルコール度数:35


 と、表示されていた。

 また謎が増えたと思ったが、今は気にしないことにした。


(35度か、流石に飲み続けるにはつらそうだな。蜂蜜とハーブが聞いているから、水割りよりは、レモンを絞って酸味をプラスしてお湯割りか・・・)


「マスター。レモンはあるか?」


「あるぞ」


(やっぱり、レモンで通じる)


 マスターが出した物を見て、まーさんは納得する。物の名前がそのまま通じるのだ。

 レモンを切ってもらって、絞って汁を入れて、お湯をもらう。


(俺は、こっちの方が好きだな)


「まーさん?」


「飲んでみるか?」


「いいのか?」


「あぁ」


 まーさんは、マスターにコップを渡す。


「うまいな。いくらでも飲めそうだ」


「マスター。お湯で弱まっているけど、酒精はまだ強いからな」


「わかっている。まーさん。この飲み方」


「いいぞ。元々のミードでやってもいいかもしれないな」


「そうだな。少し研究する」


 マスターは、それだけ言ってカウンターの中に移動した。


 まーさんは、店に来ている”下級兵士”や”王都の住民”や”行商人”と、最近の情勢の話を聞いていた。酒精の力を借りるまでもなく、愚痴にまぎれて現状がわかる話しをしてくれるのだ。まーさんは、マスターに金貨30枚ほど渡してある。その中から、自分の飲み代を払ってくれるように頼んだ。それと、とある人物を、マスターに紹介してもらって、その人物とその人物が連れてくる人間の飲み代も払うように頼んだ。

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