第十話 おっさん王都を移動する
王城を出て、待っていた馬車に乗り込んだ。王城を出てすぐの場所で待機していたようだ。
「まー様。馬車に乗ってください」
「イーリスから乗らないとおかしいだろう?」
「それもそうですね」
イーリスが、従者と馬車に乗り込む。まーさんとカリンは、周りを警戒するフリをして辺りを見る。
「まーさん」
「見られているな?」
「やっぱり!どうします?」
『にゃ!』
まーさんの懐に入っていた、バステトがまーさんの肩に乗って、二人を見ている方向を向いて鳴き声を上げた。
「バステト?」
『ふにゃ?』
「ふふふ。可愛いですね」
カリンが手を差し出すと、バステトが指先の匂いを嗅いでから頬を擦り寄せる。
「カリン。視線を感じないよな?」
「えぇ・・・。本当だ?バステトさんが何かしたのですか?」
「わからない。確かに視線を感じていたが、今は見られているとは思うけど、警察から見られているような感じではなくて、街中で変わった人を見るような視線だな」
「まーさん。その例え・・・。イチミリも同意できないのですが?」
「うそ?同じように感じているよね?知り合いの警察は、生暖かい目で見るけど、ヘルプできた警官や研修の警官なんかだと、頭の先から足先まで抉るように見るよね?」
「だから、まーさんだけですよ。多分・・・。私は感じたことがないですよ」
まーさんとカリンが馬車に乗る前に感じていた視線の行方を気にしながら、ふざけた会話をしていた。
先に乗ったイーリスが馬車から声をかけてきた。
「まー様?」
「うん。カリン。先に乗ってくれ、俺は御者台で話をしている」
「はい!」
カリンが、馬車の中に入っていくのを、まーさんは見送った。
御者台には、兵士の一人が座っていた。
「まー様!?」
「あぁまーさんでいい。同じ兵士の格好をしているのに、”様”はおかしいだろう?」
「あっそうですね。まーさん。まーさんは、馬車の中で」
「いや、今後、御者をする場面もあるだろう?見ておきたいと思っていな」
「はぁ・・」
嘘である。
女性だけの空間に入るのを躊躇ったのだ。それに、同世代ではないが、イーリスにカリンの相談役を頼めないかと考えている。
御者台では、まーさんが兵士と他愛もない話をしている。
「へぇ王城では、そんな”こと”にしているのだな?」
「はい。まーさんと彼女には・・・」
「いや、いい。気にするな。それに、悪いのは、豚たちなのだろう?」
「はい」
「話は違うけど、お前さんたち兵士の給与というか、生活に必要な金は誰から出ている?」
まーさんの興味は、兵士と王都の街並みに向けられている。
「私の場合には、イーリス様の歳費からです」
「ふぅーん。そうなると、雇い主は、違うのだな?」
「そうですが?」
「いや、俺たちの世界では、兵士は国から給料を貰っていたからな。どうなっているのかと思っていな。勇者(笑)たちは、王家から?」
「勇者様は、王家ではなく庇護する貴族様から支払われるはずです」
「へぇ庇護する貴族はどうやって決まる?」
「すみません。イーリス様ならご存知かも・・・」
「そうか、上で話が決まるのだろう」
「はい。私たちの配属先も、上で決められて・・・」
「へぇそれだと、給与や出世も最初に配属された場所である程度が決まってしまうのか?」
「そうですね。一応、希望が出せますので、私はイーリス様にお仕えしたくて、兵士になりましたので、良かったのですが・・・」
「そうだよな。希望しない貴族に仕えるのは無理だよな」
「はい。士官になれば、希望が通るという噂なのですが・・・」
兵士が”噂”と言葉を濁したので、まーさんは、下級兵士から士官になるのは難しいのだろうと判断した。
「その感じだと、士官になるのは、貴族の子弟か、よほど優秀じゃないと難しいのか?」
「はい。試験にも費用が発生します」
「試験が難しいのか?」
「試験は、普通に兵士として仕事をしていれば、問題にはなりません」
「そうか、費用が高いのか?」
まーさんの質問に、兵士は、まーさんの顔を見てから、何かを悟った様な表情をした。
兵士は、まーさんが”召喚された”人だと思い出した。自分たちにとっては”当たり前”のことも知らないのだ。
「そうですが、それよりも、毎年、費用が変わるので、去年と同じだと思っていると」
「・・・。へぇ、貴族の持ち回りで士官の試験をしているのか?もしかして、試験場所も変わるのか?」
「え・・・。ご存知なのですか?」
「いや、知らないけど、貴族にとっては、臨時収入くらいのつもりなのだろう?」
まーさんの問いかけに、どう答えていいのかわからなくて、前を見て操舵に集中する様子を見せた。
実際に、貴族の殆どが、士官テストを使って金儲けを行っている。それだけではなく、不正も横行している。説明がされなかったが、士官になった場合には試験を行った貴族への謝礼を収める必要があり、それが試験の時に必要な費用の3-6ヶ月分となる。それを、1年以内に納める必要があり、実質的に士官になるのは貴族や紐付きの者だけである。
士官の中にも、この現状を変えようと思っている者たちが何度も動いたが、宰相派閥の者たちに潰された。その度に、王国の軍部は腐った派閥の長たちの食い物にされていった。宰相派閥の者たちは、最大派閥の数の論理で、勇者召喚を行った。自分たちの権勢を強めるために使おうと考えたのだ。
「・・・。まーさん。そろそろ、イーリス様のお屋敷に到着します」
「へぇ本当に、街中なのだな」
「はい。国王から、下賜された建物ですが、貴族街の端であり、商人区や職人区にも近く・・・」
「見栄ばかりの貴族は嫌いそうだな」
「・・・。はい」
馬車は、門の前で速度を緩めるが、門番が門を開けた。
「へぇ・・・」
「まーさん?」
馬車は、敷地内に入った
「馬車の確認をしないのだな」
「それは、イーリス様がカードをお持ちになっているので、門番はイーリス様がお乗りだと判断したのです」
「それはすごいな」
カードが盗まれたらとか、偽装は絶対に不可能なのかとか、横道を考えてしまった。まーさんは、頭を振ってから、情報としては覚えておいても、気にしてもしょうがないことに分類した。無駄に魔法で技術が発達しているために、セキュリティの考えが甘いのかもしれないと考えたのだ。
馬車が停まった。馬車の扉が開いた、中から兵士が降りてきた。続いて、カリンが降りて、最後にイーリスが降りた。
まーさんが御者台から降りたのを確認して、屋敷の方向に歩き出す。
「まーさん。何を話していたの?」
カリンが、まーさんに近づいてきて、御者台での話を質問してきた。
「中には聞こえていなかったのか?」
「うん。なんか、魔道具で中の声が漏れないようになっていて、外の音も聞こえなくなっていた」
「そりゃぁ危ないな。中の声が外に漏れないのはいいけど、外の声が聞こえないのは問題があるだろう」
「え?どうして?」
「ここが、安全な日本なら、それでいいのかもしれないけど、盗賊や魔物が居る世界だぞ?襲われた時に、対処が全く出来ませんでしたでは、命に関わるだろう?」
「うーん。でも、馬車で移動している時に、中の人たちが何かをしなければならない状況は、既に詰んでいるよね?」
「そうだけど、指示が・・・。あぁそうか、変に指示を出して、現場が混乱するよりも、生き残る可能性は高いか?」
まーさんとカリンは、後ろからの視線を感じて振り向いた。
「まー様。カリン様。貴族の馬車が使っているのは遮音の魔道具ですが、結界の意味も有るのです」
「へぇ・・・。イーリス。結界があるのは本当だけど、外からの音を遮断しているのは、自分たちだけが逃げ出すときの相談を、兵士や御者に聞かせたくないからだろう?」
「・・・。まー様」
「逆効果だと思うぞ?俺なら、襲ってきた者たちが、コミュニケーションの取れるような者たちなら、中に居る奴の素性をさっさと教えるけどな」
「え?」
「そもそも、襲われる前に情報共有が出来なければ、対策が取れないだろう?なんで、コミュニケーションを拒否する?常に聞かれたくない話をするのか?違うよな?ただ、”身分が・・・”とかくだらない理由なのだろう?」
「・・・」
「いいよ。俺には、関係がない話だ。今まで、そうしてきて、今後も同じ様にするのだろう?結局、イーリス殿も貴族なのだろう」
「私は・・・」
「それよりも、これからの話しを聞きたい」
屋敷からの出てきた者たちで話は、強制的に終了となった。
イーリスは着替えのために奥に連れて行かれた。まーさんたちは、初老の男に部屋に案内される事になった。
まーさんは、屋敷の中に案内されて、リビングと思える場所に通された。
ソファーに座って本題を切り出した。カリンも、まーさんの隣に座る。バステトはまーさんの肩から、カリンの腿の上に移動している。
屋敷の主である、イーリスが出てくるまで、まーさんは腕を組んで無言で何かを考えている雰囲気を出している。
カリンは、腿の上に移動してきて丸くなったバステトの背中を優しくなでている。
カリンは、メイドが持ってきた、紅茶が湯気を立てて居るのを、不思議な気持ちで眺めている。
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