第290話 不穏な兆し

 一方、ガルヴはまだハイロードに食らいついたままだ。


「ガウウウウウウ!」

「離せ、野犬が!」

「ガルヴ、よくやったであります!」


 ガルヴの押さえつけたハイロードにシアが剣で斬り掛かる。

 すると、シアの斬撃はハイロードにとって致命傷になった。

 ハイロードは死滅していく。


「ガルヴ、よくやった。助かったよ」

「がう!」


 嬉しそうに尻尾を振りながら、ガルヴが駆け寄ってきたので頭を撫でた。


「……なるほど、ダークレイスだったでありますね」


 シアがしみじみと言う。

 ダークレイスは霊体だ。肉の身体を持っていない。だから、通常の武器は通用しないのだ。


 だが、霊獣の狼であるガルヴの牙と爪はダークレイスに特効がある。

 通常の物理攻撃の効かないダークレイスを押さえつけ切り裂けるだけではない。


 ガルヴの爪で捕らえられるか牙で噛まれたダークレイスは消えることが出来なくなる。

 だから、ガルヴに抑えられた状態で斬り刻まれて死滅するのだ。


『ロックさん。結局あいつはヴァンパイアだったの? ダークレイスだったの?』

『恐らく身体を霊体化させたヴァンパイアといったところだろう』

『どういうことでありますか?』

『あいつらはアークの体を霧に変えていただろう』

『そうでありますね』

『その技法を応用すれば、ヴァンパイアの体をダークレイス状態にすることも出来そうだろう?』

『そうなのかしら』

『完全に霧になったら意思が無くなる。それにゲルベルガさまの鳴き声で一撃だ』

『それはそうかもしれないけど』

『確かに、奴等にはゲルベルガ様の鳴き声が通用していなかったでありますね』

「ここぅ」

 ゲルベルガさまが静かに鳴いた。


『恐らく諜報用に作られたのだと思うが……。詳しくはわからん』

『戦っていても、霊体だって気付かなかったわ』

『霊体とは思えないほど魔力が濃かったからな。気付けなくても仕方ないさ』

『反省でありますよ』

『それにシアもセルリスも持っているのが特殊な剣だからな。普通の剣ならすぐ気付いただろう』


 ダークレイスには物理攻撃は通用しない。だから普通の剣で斬り掛かっても、空ぶってしまう。


 だが、シアの剣は第六位階と呼ばれたロードから奪った剣に俺が魔法をかけている。

 そして、セルリスの剣は、ハイロードから奪った剣に俺が魔法をかけた物だ。


 だから、ダークレイスにも通用するのだ。

 当然、身体をダークレイス化させたヴァンパイアにも通用する。


『むしろ、あいつらの方が、剣で斬られて驚いただろうさ』

『敵を驚かせることが出来たのなら、それは小気味いいでありますが』

『死んでも何も残さないのね。そういうところは本当にダークレイスね』


 ダークレイスは倒しても魔石も落とさない。


『強いのに倒しがいがないよな』


 そんな雑談をしながら、俺は周囲を魔法で探索する。

 ダークレイスが隠れているかも知れないと考えて、慎重に探索を進めた。

 どうやら周りには誰も居なさそうだった。そして盗聴機能のある魔道具もなさそうだ。


「王宮に連絡してみるか」


 俺は通話の腕輪を通して、ゴランとエリックたちに呼びかける。


「そちらはどうだ?」

『――ガガガ、ロッ――ガガ――まずい……――』


 耳障りな雑音に紛れて、ゴランの声が聞こえた。


「おい! なにかあったのか?」

『――ガガ――ガ……、魔法陣が起動……――』

「とりあえず向かう!」


 俺は王宮目指して走り出した。

 それと同時に通話が切れる。何らかの影響で、通話がつながりにくく、切断しやすくなっているようだ。


「なにかあったらしい」


 ゴランが何を言っているか、ほとんどわからなかった。

 だが、何やらまずいことが起きているのは間違いなさそうだ。

 走り出した俺にシアとセルリス、ガルヴが付いてくる。


「魔法陣って聞こえたわね」

「ああ、聞こえたな」


 王宮の霧を払った後。霧がすぐに復活した五つの場所の床には魔法陣が刻まれていた。

 俺は魔神王の剣で斬りつけることで破壊し大使館に向かったのだ。

 魔法陣の機能は不明なままである。


「もしかしたら……」


 嫌な予感がする。確証はないが警戒すべき理由がある。


『ロックさん、何かわかったでありますか?』

『いや、確証はないがな。さっき、ハイロードが突然悲鳴をあげなくなっただろう?』

『そうね。たしかにそうだったわ』

『そして、急に消え始めたであります』

『あのとき、神の加護が消えたんじゃないか?』


 神の加護が消えたのならば、ハイロードが受ける苦痛も消える。

 悲鳴を上げなくなった理由としてはわかりやすい。


 そして、直後に消え始めた。

 神の加護の苦しみの中でも、消えることが出来たのならばさっさと消えて逃げただろう。

 つまり、あのとき突如として特殊能力を使えるようになったということ。


『神の加護の中では昏き者どもは力を使えないはずだろう』

『それはそうでありますね』

『でも、もしそうなら、どうして? 神の加護に穴を空けていた魔道具は破壊したのだし……』


 魔道具を破壊したことで、実際に神の加護の穴は塞がったはずだった。


『なにが起こっているでありますか』


 シアが不安そうに呟く。


 ふと空を見上げると、太陽が完全に沈んでいた。

 太陽は沈んだとはいえ、まだ西の空は赤い。

 その赤さが俺に血を連想させた。その赤がどんどん昏くなりつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る