第286話 リンゲイン大使
俺は大使に向かって、冷静に言う。
「大使こそ、昏き者どもに与し、神の加護に穴を空けてただで済むとは思ってはいないよな」
「言いがかりも甚だしい!」
「そうか。で、神の加護に穴を空けている装置はどこにある?」
答えを得られるとは思ってはいない。だから俺は魔法で探索をして探しつつ尋ねた。
だが、隠蔽魔法が厳重にかけられているのか、中々引っかからなかった。
大使と会話をしながら周囲を探るのでは時間が少し余計にかかる。
だから俺はシアたちに言う。
『シア、セルリス、大使の相手を頼む』
『た、大使の? お相手でありますか? あたしに出来るでありますかね。偉い人と話すのは苦手でありますが』
『シアは騎士だし、大丈夫よ。それにいつもエリックおじさまとお話ししてるじゃない』
『それは、そうでありますが……』
『安心してくれ、適当に話をして、逃がさないようにしてくれればいい。ヴァンパイアを見つけるまでの時間稼ぎだ』
『それでもあまり自信がないでありますよ。セルリス、お願いできないでありますか?』
シアは貴族との交渉の経験が無いのだろう。
冒険者はそういう経験が無いのが普通なので、仕方の無いことだ。
『わかったわ。私に任せておいて!』
セルリスは堂々とそう言うと、
「大使閣下。お久しぶりです」
優雅に貴族の令嬢らしい礼をして見せた。
「……? ああ、シュミット侯爵閣下のお嬢様でしたか」
一瞬、大使は怪訝な表情を浮かべた後、すぐにセルリスの正体に気がついたようだ。
シュミット侯爵とはセルリスの母マルグリットのことだ。
「ええ。このような場でお会いするとは悲しいです」
「私の方こそ残念ですよ。仮にもシュミット侯爵閣下のお嬢様とあろう方が賊に成り果てるとは――」
「大使閣下ともあろうお方が、どうして昏き者どもに与することにされたのですか?」
大使は俺たちのことを賊であるとして話し、セルリスは大使のことを昏き者どもの仲間として話している。
互いに相手が悪いことをしたので、悲しいというスタンスだ。
時間稼ぎにはちょうどいい。
俺は大使がセルリスと話している間に探索を進める。
「おい! 貴様なにをしている!」
大使が動き出した俺に向かって怒鳴りつけた。
俺は無言で探索を進める。
接近すればするだけ隠蔽の魔法は見破りやすくなるのだ。
「大使閣下――」
セルリスが会話で引き留めようとしてくれる。だが大使の視線は俺に釘付けだ。
やはり、絶対見つけて欲しくないものがこの近くにあるのだろう。
そして、それは恐らく神の加護に穴を空けている装置に違いない。
「む?」
一分ほど室内を調べて、俺は怪しい場所を見つけた。
ただの壁に見える。だが隠蔽魔法で厳重に隠された扉だ。
俺がそれに触れようとすると、
「貴様!」
大使が激昂すると剣を抜いて飛びかかって来ようとした。
「大使閣下。私のお話しがまだ終わっていませんわ」
セルリスが突進しはじめた大使の袖を掴み華麗に投げる。
セルリスは剣すら抜いていなかった。
「ぐぅ」
投げられた大使は背中を床にしたたかに打ち付けて、うめき声を上げた。
大使は素人ではない。俺に投擲した槍から判断するに一流一歩手前の戦士だ。
その大使をセルリスは片手でいなして見せた。
「大使閣下。お話をしましょう?」
うめく大使を見下ろしてセルリスは可愛らしく微笑んだ。
『セルリス助かった』
『こっちは大丈夫! 任せておいて』
セルリスの返事を頼もしく思いながら、俺は扉にかけられた隠蔽の魔法を解いた。
壁にしか見えなかった場所が、重厚な金属製の扉へと姿を変える。
ただの金属ではない。恐らくオリハルコンが主成分だ。
加えて愚者の金が混ぜられている。
昏き者どもは扉に混ぜられるほど、大量の愚者の金を手に入れていたと言うことだろう。
「随分と金と手間をかけた立派な扉だな」
俺がそう言うと、
「触れるな! 貴様ごときが触れていい物ではない!」
大使がわめく。そんな大使を無視して、俺は扉に手を触れた。
扉には強固な
王宮の宝物庫の扉にかけられている魔法に匹敵する威力だ。
「よほど入られたくないようだな」
「貴様、やめろ!」
大使は俺に飛びかかろうと、立ち上がろうとするが、そのたびにセルリスに転ばされていた。
俺は落ち着いて、
――ガチリ
低い音がなって、鍵が開く。そして俺は扉に手をかけ開こうとした。
――ドーン
すると開こうとした扉自体が爆発した。
金属の扉が細かな破片となり、超高速で周囲に飛び散る。
小さな破片一つを食らうだけで致命傷になり得るほど威力は高い。
俺はパーティーの魔導士として、セルリス、シア、ガルヴとゲルベルガさまを守らねばならない。
爆発しはじめるその反応を察知した瞬間に、俺は魔法の障壁を張る。
俺が障壁で守らなかった壁や床、天井に破片がぶつかり大きな音が鳴った。
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