第284話 傭兵の事情その2

 眷属化して知り合いに違和感を覚えさせないとは、眷属は自然に人間らしく振る舞っていたのだろう。

 眷属にしたヴァンパイアの力量がよほど高いことの証明だ。


「眷属にされた奴がいつ頃大使館に雇われたかわかるか?」

「そうだな……。三年とか五年前とか。一番新しいのは半年前だな」

「お前たちはいつ雇われた?」

「三ヶ月前だ」

「俺は大体一ヶ月前だな」

「俺は一番新入りだ。先週雇われたばかりだ」


 どうやら大使館は傭兵ギルドに定期的に依頼を出していたらしい。


「お前たちも、そのうち眷属にされていただろうな」

「そ、そうかもしれねえ」

「外にいく仕事とか無かったのか?」

「来週、護衛任務で外に行く予定だった」

「そうか、そのときに眷属にする予定だったのかもな」


 俺がそう言うと、傭兵たちは顔を青ざめさせていた。

 神の加護がある間、大使館のある王都内にはヴァンパイアは入れない。

 だから眷属にしたり魅了にかけたりするには、王都の外に連れて行かねばならないのだ。


 そして、俺は傭兵たちに言う。


「リーダーだった奴は恐らく邪神の狂信者だ」

「狂信者?」

「人間でありながら、邪神の降臨を願う奇特な奴のことだよ」

「そんな奴いるのか? 邪神が降臨なんかしたら、世界の終わりだ」

「種族や国とか関係なく、人間は全滅か家畜にしかならんぞ」

「だが、狂信者は確かにいるんだ。俺としても理解しにくいがな」


 俺には人間が狂信者になる理由はわからない。

 だが、ヴァンパイアが眷属にせず、魅了にもかけずにただの人間のまま使いたいと考える理由はわかる。

 眷属にしてしまえば、狼の獣人族に会えば即座にばれてしまう。

 人口比率で言えば、狼の獣人族はかなりの少数派だ。

 だが、遭遇確率は無視できるほどには低くない。


 だから、一度眷属にしてしまえば、大使館の外に出しにくくなる。

 戦闘技術をもった優秀な人材なら尚更外に出しにくい。

 魅了をかけた者も、優秀な魔導士に遭遇すればばれる可能性はある。

 それゆえ、眷属でもない魅了にもかかっていない上に、忠実な人間というのは有用なのだ。


「リーダーは、人集めをヴァンパイアに命じられていたのかもな」

「……まったく気付かなかった」


 それは仕方の無いことだ。普通は気付かない。

 大使館の中に入っても気付けるのは、宮廷魔導士クラスの超優秀な魔導士ぐらいだろう。


「そうか。お前たちが雇われた経緯は大体わかった」

 俺都の会話で、傭兵たちも自分が大使館に雇われた真の理由を理解したようだ。


「俺たちはとんだ間抜けだ。高給につられて……」

「魅了ならともかく、眷属にさせられていたと思うと……。恐ろしいよ」

「魅了も恐ろしい。人間を、もしかしたら仲のいい友達を殺すことになったかも知れないからな」


 そして、傭兵の一人が、弁解するように言う。


「誓って言うが、俺たちは本当に大使館がヴァンパイアのアジトだって知らなかったんだ」

「わかっているさ。後で王宮にも取り調べられるだろうが、お前たちのことは俺から協力的だったと伝えておくよ」

「心強いよ」

「ああ、Fランク冒険者の口添えがあれば、安心だよ」


 そういって傭兵たちは苦笑する。

 傭兵たちは、俺が秘密任務でやってきた王直属の騎士かなにかだと思っているに違いない。

 当たらずとも遠からずだ。


「あんたたちは命の恩人だ。ありがとう」

 傭兵たちは丁寧にお礼を言う。


「気にするな。ちなみに絶対に入ってはいけないと言われていた場所などはあるか?」

「ああ、あるぞ。北側の建物は大使の執務室兼居住区で外交機密などを扱う場所だから近寄るなって」

「近寄ったらスパイ容疑で死刑もあり得るっていわれていたからな」

「冗談でも、近づいたりしなかったさ」

「ありがとう。色々参考になった」

「役に立てて良かったよ」

「さて、お前たちはどうする? リーダーが寝ている部屋がいいか? それとも隣の部屋がいいか?」

「どういう意味だ?」

「これから俺たちはヴァンパイアと戦いに行く。特殊な訓練を受けていない者は連れて行けない」


 傭兵たちをヴァンパイとの戦いに連れて行く訳にはいかない。

 かといって、後でしっかりと話を聞かないと行けないので、解放するわけにも行かない。

 だから、どこかの部屋に軟禁しつつ保護するのが、傭兵たちのためにもこちらのためにもなる。


 そんなことを説明したのだが、

「俺たちもベテランの傭兵だ。足手まといにはならないはずだ」

「ヴァンパイアでなければな。これから戦うのは確実にロードクラス以上だ。魅了をかけられるぞ」

「……そうか。それもそうだな」

 傭兵たちにも、ヴァンパイアの基礎知識があるので、納得してくれた。


 その後、傭兵たちの希望を聞いて、リーダーや魅了されている者たちが寝ている部屋の隣の部屋に入ってもらった。

 傭兵たちも魅了されている者や、邪神の狂信者の疑いのあるリーダーとは一緒に過ごしたくないのだろう。

 たとえ眠っていたとしてもだ。

 俺は、傭兵たちの入った部屋全体に、しっかりと魔法防御をかけて保護することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る