第280話 大使館侵入

 その女性は金属製の軽鎧を身につけていた。恐らく冒険者だろう。


「そこを走っている方、非常事態です。室内に避難してください」

「非常事態でありますか?」


 俺たちは走る速度を緩めない。するとその女性は俺たちに並走しはじめた。

 息切れすることなく、普通についてくる。中々鍛えられているようだ。


 その冒険者の女性は空を指さした。

「王都上空に竜が来ています。今のところ、こちらに攻撃を加える気配はありませんが、なにがあるかわかりませんので」


 どうやらゴランの指示で住民避難のために動いている冒険者だったようだ。

 ヴァンパイアや神の加護などの言葉を使わずに避難を呼びかけるために、ケーテたちの戦いを利用することにしたらしい。

 ゴランが考えた策だろう。ケーテたちの戦いを利用するのは、とても良い方法だと俺も思う。

 二桁を超える巨大な竜が戦っているのだ。誰の目にも異常だと一目でわかるのが特に良い。

 王都の民も素直に従うはずである。


 心配そうに俺たちに並走し続ける冒険者にシアは冒険者カードを見せた。

「それなら大丈夫であります。ギルマスからの依頼で動いているでありますから」

 シアはBランクの冒険者。一流のランクである。

 冒険者はシアのカードを見てからシアを見る。そして次に俺の顔とガルヴを見た。

 それからセルリスの顔を見て、冒険者はあっという少しだけ驚いたような表情を浮かべた。


「そういうことでしたか。あなたたちもお気をつけて」

「ありがとう、そちらもお気をつけてであります」

 冒険者はセルリスの顔を見て、ゴランの娘だと気付いたに違いない。 


『冒険者ギルドが危険だと呼びかけているから、人通りがほとんど無かったのね』

『どうやらそうらしい。戦いやすくて助かる』

 今頃ゴランは王都の民の安全のために、忙しく動いているのだろう。

 俺は俺で出来ることをしなくてはならない。


 王宮の門から大使館までは、徒歩で三十分ほどかかる。

 その道のりを俺たちは十分足らずで駆け抜けた。


 走っている途中で、俺たちはフードをかぶり顔を隠す。

 昏き者どもにはバレバレだろうが念のためだ。


『霧が凄いわね』


 大使館は、地面からかなり高い位置まで、とても濃い霧に包まれていた。

 まるで白い塔のようにみえる。


『だが、霧は問題では無い。ゲルベルガさま、頼む』

「コゥオォォ……コゥォケッコオォォォォォォォォォ!」


 ゲルベルガさまは、力を一度ためた後、高らかに神々しく鳴く。

 鳴き声が半球状に超高速で伝わっていき、白い霧を消し飛ばしていった。

 だが、雲と見分けのつかないほどの霧はまだ残っている。

 ゲルベルガさまの声が届かなかったのだろう。


 とはいえ、本当に雲なのか霧なのか、判然としないほどの上空だ。

 これからの戦闘には支障はあるまい。


『ゲルベルガさま、ありがとう。助かったよ』

「ここ」

『これからどうするの? 壁を飛び越える?』


 セルリスが大使館を囲む高い壁を見上げながら言う。

 壁は成人男性の身長の二倍ぐらいは優にあった。


『それもいいが……』


 飛び越えた向こうに罠があったら面倒だ。着地する場所に槍を設置するだけで効果的だ。

 壁の頂付近の向こう側に刃物を設置するだけでも効果的な罠になるだろう。

 それに俺たちは人族はロープなど道具を使えるが、ガルヴは壁を飛び越えるのは大変だ。


『壁を壊そう』


 どうせ、敵にはゲルベルガさまが鳴いて霧を吹き飛ばした時点で存在に気付かれているのだ。

 いまさら、こそこそしても効果はあるまい。すでに待ち構えているだろう。

 だから、俺は魔法をつかって壁に穴を空けることにした。

 壁は堅くなめらかな白い石で作られている。


 その壁に魔力弾を撃ち込んで破壊した。

 ちょうど二人ぐらい並んで通れるぐらいの穴が空く。


『さすが鮮やかであります』

『ついてきてくれ』

『わかったわ』「がう!」


 俺は先頭でリンゲイン大使館の中へと入る。当然、魔法で探索をしながらだ。

 壁の向こう側には、茂みに紛れさせる形で槍がびっしりと並べられていた。

 昼でも、上からは槍を見つけにくいようになっている。夜ならば目で気付くのは難しかろう。

 柔らかい茂みだと考えて、飛び降りたら、致命傷だ。

 俺はその槍を魔神王の剣でなぎ払う。


『……壁を飛び越えていたら、着地時にぐさりね』

『ロックさんは魔法があるから何とでもなるでありますが、戦士としては中々対応がむずかしいでありますね』


 一度、自由落下しはじめたら、途中で槍に気付いて対応するのは難しい。

 着地するまでの時間は短いし、その短い間に重力魔法を発動させるか、槍を破壊する攻撃魔法を発動しなければならない。

 よほど凄腕の魔導士でもなければ、対応出来ずに串刺しだ。


 侵入者に対する罠としては効果的この上ない。


『大使館は機密を扱うこともあるし、侵入者への備え自体はおかしくないのだけど……』

『殺意が高すぎるよな』

 そんなことを話しながら、俺は大使館の中に向かって歩いて行った。

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