第219話

 ダークレイス相手にできることは少ない。とはいえ、緊急事態だ。

 族長たちはそれぞれ自分の屋敷で対応することになったのだ。


 俺も一応、エリックとゴラン、そして水竜の集落にいるドルゴたちに報告する。

 ダークレイスの存在は知らなければ対応が難しいからだ。


 報告が済むと、俺とケーテ、モルス、ルッチラは作業部屋に移動した。

 そして、族長の屋敷に展開する結界の準備に入る。

 ゲルベルガさまとガルヴが俺たちの様子を真剣な目で見つめていた。

 結界づくりに興味があるのかもしれない。


 そんな中、モルスが言う。


「コアを作って、展開させた方がいいですね。問題は材料ですが……」

「魔石ならあるが……必要か?」

「ミスリルとオリハルコンでよければ、ある程度持っているのである」

「助かります。それがあればなんとかなると思います」


 それから三人で設計を進める。だが、思ったよりも難航した。

 昏き者どもを察知するだけでなく侵入を防がなければらない。

 いわば、簡単な神の加護、もしくは水竜集落の結界のようなものだ。

 簡単なわけがない。


「こうすれば、一応必要な機能は満たせるが……」

 俺が提案すると、ケーテが顔をしかめる。


「うーむ。これだと強度が不足しておるのである」

 察知はできるし、侵入も防げる。ただし結界そのものを壊されない限りはである。


「ですね……。賢者の石があればいいのですが……」

「賢者の石か。フィリーに頼めば融通してもらえるかもしれないが……」


 賢者の石は貴重で高価なものだ。フィリーでも量産はできない。

 そんなことを話していると、ルッチラが言った。


「それならば、ゲルベルガさまの羽で何とかなるのでは?」

「ココゥ?」


 ゲルベルガさまが驚いて、びくりとした。

 少し怯えた表情でこちらを見る。


「ゲルベルガさま。安心してくれ。無理やり引っこ抜いたりはしないからな」

「そうです。嫌がることはしませんよ」

「こぅ」


 俺とルッチラの言葉で、ゲルベルガさまは安心したようだった。

 そんなゲルベルガさまにモルスとケーテが近寄る。


「ゲルベルガさま、少しよろしいですか?」

「引っこ抜かないのである。見るだけなのであるぞ」

「ここぅ」


 ゲルベルガさまが小さく鳴いて俺の胸元に飛んできた。

 俺が抱きしめると安心したようだ。


「ここ」

「見るだけならばよいとおっしゃってます」

「ゲルベルガさま。ありがとうございます」


 ケーテとモルスはゲルベルガさまの羽を調べ始めた。

 その様子はまるで毛づくろいのようだ。


「こぉ」

 ゲルベルガさまも少し気持ちよさそうだ。


「確かに魔力とかいろいろ総合的に考えて、ゲルベルガさまの羽をコアにすればいけるかもしれませんね……」

「そうであるな……」

「こここぉ」


 ゲルベルガさまが少し怯えた声を出したので、やさしく撫でる。

「安心しろ。無理やり抜いたりしないから」

「がう……?」


 心配したのかガルヴが近寄ってゲルベルガさまをぺろぺろ舐めた。

 俺はガルヴの頭も撫でてやる。するとふと気づく。


「ガルヴの毛、いや爪ならコアにできそうだな……」

「そうであるな! ガルヴは霊獣であるからな!」

 ガルヴの爪は普通の爪ではない。ダークレイスを捕らえることのできる爪だ。


「なるほど、たしかに!」

「ががう?」


 ガルヴが驚いて声を出して猫のように香箱座りをして前足を隠した。


「安心しなさい。爪をはがしたりするわけじゃない。先っちょだけ少し切らせてもらうだけだから」

「がぅー」

「痛くないし、血も出ないから大丈夫だ」

「……がう」


 ガルヴはおずおずと、前足を出してくれた。

 ケーテとモルスと一緒にガルヴの前足を見る。爪はあまり伸びていない。


「伸びていないのである」

「やっぱり散歩たくさんしているから削れているんだろうな……」

「これでは、必要な量の爪を切っては……」

 血が出てしまうだろう。だがモルスはガルヴを怯えさせないよう口には出さなかった。


「ガウ!」

 だが、ガルヴはモルスが何を言おうとしたのか気づいたようだ。

 また香箱座りに戻る。


「安心しなさい。痛いようなことはしないからな」


 俺はガルヴを安心させるように頭を撫でる。

 必要だったとしても、ガルヴに痛い思いをさせたくはない。


「フィリーに言って、賢者の石をほんの少し、融通してもらうか」

「それしかないのである」

「コココッ!」

 俺が抱いていたゲルベルガさまが突然鳴いた。


「ゲルベルガさま、どうした?」

「コゥ!」


 ゲルベルガさまが背中の方を向いて、自分の羽を嘴で一本抜いた。

 その羽を咥えたまま、「ここ」と鳴いて首をかしげる。


「ゲルベルガさま、くれるのか?」

「こぅ」

「ありがとう。痛くないのか?」

「こっこ」

「ゲルベルガさまも、換羽しますからね。自然と抜け落ちる前のやつなら大丈夫なのだと思います」

「そうなのか」

「こぅこぅ」


 そして、ゲルベルガさまは五本ほど羽をくれた。


「ゲルベルガさま、助かったのである!」

「ありがとうございます。ゲルベルガさま」

「こっこ」


 ケーテとモルスに感謝されて、ゲルベルガさまも少し嬉しそうだった。

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