第159話

 部屋に案内された後、俺たちは宮殿内を案内された。

 一応、王族用に人族サイズの施設もあるようで、暮らすのに支障はなさそうだ。

 ただ、どの部屋も天井がとても高かった。


「次は集落を案内するの!」


 楽しそうにリーアが言う。

 リーアがどんどん打ち解けてくれているようだ。口調もだいぶ柔らかい。

 子供はそのぐらいがちょうどいい。


「リーアちゃん、水竜の集落って広いのかしら?」

「そうなの! 宮殿よりもずっと広いのよ」


 セルリスは、ことあるごとにリーアの頭を撫でている。

 小さい子が好きなのだろう。

 リーアも嬉しそうにしている。


 仮にも王太子に対して、と思わなくもないが、侍従長もケーテも何も言わない。

 おそらく竜族の風習的に大丈夫なのだろう。


「じゃあ、ラック。ついて来て欲しいの」

「がうがうー」


 リーアはガルヴの背中に乗って走り出す。リーアもガルヴも楽しそうで何よりだ。

 そんな元気な姿を見ていると、ただの子供にしか見えない。

 リーアたちをみんなで追いかけた。


「あ、ラックさま!」

「え? ラックさまだって?」


 宮殿を出ると、たちまち水竜たちが気づいた。

 ぞくぞくと集まってくる。


「リーアが、お客様をご案内してるのよ」

「そうなんですか」

「さすが殿下、偉いですね」


 リーアがみんなに褒められている。

 竜の王族は、雲の上の存在という感じでもないらしい。


「ガルヴちゃんもえらいねー」

「がうがう」


 水竜たちに褒められてガルヴも嬉しそうだ。

 そのまま、水竜たちは集落案内についてきた。

 五十体の水竜を引き連れての移動は落ち着かない。


 だが、リーアとガルヴはあまり気にしていないようだ。


「ここが入り口なのよ。この柱の間を通って、出入りするの」


 リーアが指さしたのは、間をあけて建っている石造りの大きな二本の柱だった。

 巨大な竜、例えばドルゴであっても、間を楽々通れそうだ。


「リーア殿下。質問しても良いでありますか?」

 シアが小さく手を挙げている。


「だめなの! リーアって呼んで」

「で、ですが、臣下の方々の前で……」


 シアの戸惑いもわかる。

 多くの臣下が見ている前では、俺もエリックを呼び捨てにはしない。

 国王には君主としての立場があるのだ。


「気にしなくていいの! シアはリーアの臣下じゃないもの」

「それは、そうでありますが……」

 シアは侍従長モーリスをちらりと見た。


「殿下のおっしゃる通りでございます。みなさまは水竜でもなければ、竜族でもありません」

「そういうものでありますか?」

「はい。みなさまは臣下ではなく、殿下の御友人でございますれば」

「それでも、水竜のみなさまは、ロックさんならともかく、あたしのようなものが殿下を呼び捨てにしていたら、面白くないと思うであります」


 それを聞いていた水竜たちは互いに顔を見合わせている。


「いや、別に……」

「ああ。別になぁ?」

「もちろん侮辱されたら怒るけども……」

「殿下が許したんだろう? なら怒る理由がないよな」

「ああ」


 そんなことを話していた。

 竜族は、人族とは考え方が違うらしい。


 いや、人族との間に大きな種族的差異を感じているのかもしれない。

 王が可愛がっている犬が王の顔をなめても、怒る臣下はいない。


 とはいえ、人族を犬みたいに下に見ているということではないだろう。

 俺やエリックたちに対する尊敬の態度を見れば、それはわかる。

 ただ、文化の違う者たちと考えて、自分たちの常識をあてはめないだけだ。


 ドルゴのふるまいを見るに、竜族と人族で適用される作法が違うのは間違いなさそうだ。


「水竜さんたちも、そういう感じなのでありますね」

「そうなの! だから、リーアって呼んで」

「わかったのでありますよ。リーア」

「へへへ」


 リーアは嬉しそうに笑う。

 それを見てセルリスが優しく微笑んだ。


「リーアちゃん、嬉しそうね」

「うん、だって。近い年ごろの女の子のお友達は初めてだもの」


 周囲にいる水竜たちは親しくとも全員臣下だ。

 お友達にはなれないのだろう。


「え? 我は? 我はリーアの友達ではないのであるか?」


 ケーテがショックを受けたような顔をする。

 友達だと思っていたのはケーテだけだったらしい。可哀そうだ。


「ケーテ姉さまは、お姉さまだもの。友達だけど年頃は近くないもの」

「むむう。我とリーアの年齢差など、竜の寿命と比べれば誤差みたいなものであるぞ、誤差」

「でも、少し違うと思うの」


 一応、成長したとみなされて王位を譲られたケーテに対して、リ-アは子供。

 リーアからすれば、同年齢の友達とは思えないのかもしれない。


「そうであったかー。我は年代が違ったのであるかー」

 ケーテは少しショックを受けている。


「ケーテ。友達だとは思われていたのだから、よかったじゃないか」

「そうよ。ケーテ姉さまはお友達なの」

「我はちゃんと友達であったか。よかったのである」


 ケーテは友達が少なそうなので、とても良かった。

 俺も少し安心した。

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