第149話

 ケーテはお茶を飲みながら、つぶやくように言う。


「そうであったか。水竜の一族が大変なことになっておったのであるなー」

 その瞬間、ドルゴがケーテを睨みつけた。


「何度か報告したはずだが……」

「確かにそうであったのだ。だが、救援という話ではなかったのである」

「救援依頼の話自体は、昨日のことだが……」

「そうであったか! それならば我が知らなくても仕方ないのである」


 ケーテは安心したようだ。お菓子を口に放り込む。

 だが、ドルゴの顔は険しい。居住まいを正した。


「ケーテ、いや、風竜王陛下よ」

「父ちゃ……、いやドルゴ、なんであるか?」

「臣ドルゴは昨日の夜に、陛下に連絡をしたはずですが」

「む?」


 ケーテはポケットの中をごそごそし始める。

 そして腕輪を取り出した。綺麗な赤い宝石がはまっている。

 ケーテはその腕輪を操作した。


「本当であった……」

「陛下。我はいつも申し上げておりますよね?」

「……はい」

「宮殿に居なくてもいいが、必ず連絡はとれるようにしろと。必ず腕輪は確認するようにと」

「……はい。言われていたのだ」

「このようなことがあっては困ります」

「はい」

「いざというとき、どうなされるおつもりか。王としての自覚があるのですか?」

「申し訳ないのである」


 ケーテは説教されてしょんぼりする。

 尻尾が力なく垂れ下がった。


 ひとしきり説教すると、ドルゴは俺たちに向かって頭を下げた。


「お見苦しいところをお見せいたしました」

「いえいえ! お気になさらず」

「そうですとも、気にしないでください!」


 俺がそういうと、ゴランも同意した。

 エリックがお茶を飲みながら笑顔で言う。


「ケーテさんは、竜としてはお若いのに王を務められてご立派です」

「それほどでもないのだ」


 ケーテは照れている。

 そんなケーテを放っておいて、俺はドルゴに尋ねる。


「ドルゴさんはお元気そうなのに、なぜ王位を譲られたのですか?」

「竜族では後継者がある程度成長すれば、その時点で継がせるのが普通なのですよ」

「そうなのですか。人族とは違うのですね」

「はい。竜族は寿命が長いですからね。死んでから王権を継承するとなると、いつになるかわかりません」

「それはそうでしょうが……」


 エリックが釈然としないといった様子だ。

 エリックには、話を聞いてもなお、若い後継者に継承させる理由がわからないようだ。

 その様子を見てドルゴは続ける。


「寿命の長短以外は、実は人族も竜族も変わらないのです」

「そうなのですか? ですが、それが一体どのような関係が……」

「人族と同様のシステムでは、人族同様に王位継承争いが起こりかねません」


 王位をめぐる争いというような俗っぽいものは、竜族のイメージとそぐわない。

 俺は少し意外な気がした。

 エリックもゴランもそうなのだろう。少し驚いていた。


「いつ死ぬかわからない父母王を持った子はどう思うでしょう? 寿命に限りが無い竜族では子の方が先に死ぬ可能性も高いのです。力づくで王位を奪いたいと考えるかもしれません」

「寿命の長い竜族でも待てないものですか?」


 エリックのその問いは当然と言える。

 人族の寿命は百年そこそこがほとんどだ。ハイエルフでもない限り短命だ。

 竜は文字通り万年生きる。

 長命なのだから、気も長い。そんなイメージがある。


「もちろん、人族よりは気は長いと思います。数百年なら待つでしょう。ですが、親は寿命では死なない竜です」

「なるほど」

「しかも、加齢により衰えることがありません。年を経て強くなることはあれ、弱くなることはないのです」


 それでは、子はいつまでたっても、王にはなれない。


「それに早期の継承は親の自己保身のためでもあるのです」

「と言いますと?」

「寿命に限りがなくとも、殺すことはできます」

「親の方が長命な分、強いのでは?」

「そういうことが多いですが、まれにトンビが鷹を生むこともございますゆえ」

「なるほど」

「それに、弱者が強者を殺す手段だって、いくらでもあります」


 毒、罠、不意打ち、多勢で襲う。殺す手段はいくつもある。


「子供が焦れる前に譲ってしまえば、親殺しは発生しませんからね」


 それを聞いていた、ゴランが言う。


「竜族の王位継承争いなど、すさまじいことになりそうですな」

「はい。強力な竜の王族同士が争うのです。地形や気候が変わりかねません」


 ドルゴは笑っている。だが冗談ではないというのはわかる。

 本当に地形が変わりかねないのが、上位竜の力なのだ。


「親子間の争いだけでなく、兄弟姉妹間の争いも、まだ子供たちが弱い間に継承させることで防ぐことができますから」

「なるほど。兄弟姉妹喧嘩は、親が止めるということですな」


 兄弟姉妹、親子間の王位をめぐる争いは、人族でも珍しくない。

 人族の王位争いの場合、大勢の人が死ぬ。

 だが、竜族の場合は大地が壊れかねない。

 だからこそ、それを抑止するシステムを作っているのだろう。


「我より、父ちゃんの方が強いのであるぞ! だから仕事も父ちゃんがすべきだと思うのである」

「ケーテ。その理屈はおかしい」


 自信満々に言ったケーテだが、俺が否定すると困り顔になる。


「……そうであろうか」

「そうだろう」

「ラックさんのおっしゃる通りだ。早くに王位を継がせることには学ばせるという意味もあるのだ」


 王位を継承させてから、未熟な王を経験豊富な先王が補佐することで教育する。

 そういうシステムなのだろう。

 考えてみれば、よくできている気がする。


「人族もそうすればいいんじゃないか? エリック」

「人族の場合は、残念ながらうまくいくまい」

「そうか?」

「外戚との関係もあるし、貴族との軋轢とかな……」

「ふむ」

「それに新王も、先代に大きな顔をされたくないはずだ」

「確かに」


 人族では、竜族のシステムを導入しても争いは起こりそうだ。

 そんな気がした。

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