第144話

 俺が遺跡保護委員会の組織と人事を確認していると、ミルカが朝ごはんを持ってきた。


「ミルカありがとう」

「気にするなよ!」

「ミルカ、遺跡保護委員会の事務局長になっているけど聞いたか?」

「ケーテさんに聞いているぞ!」

「嫌じゃないか?」

「その、事務局長ってのが何するのかわかんないけど、光栄なんだぜ!」


 ミルカは嬉しそうだった。嬉しいならそれでいい。

 そんなことを言っていると、エリックが来た。


「エリックさん、いらっしゃいだぞ。朝ごはんは食べるのかい?」

「ありがとう、ミルカ。だが朝食はもう済ませたのだ」

「そうかい。じゃあ、お茶でも入れるぞ」

「ありがたい」


 俺はエリックに役職表を渡す。


「ケーテが遺跡保護委員会の役職表を作ってくれたぞ」

「おお、ありがたい」

「どうであるか?」

 ケーテは少し緊張気味に見える。


「うむ。素晴らしい」

「そうであろ、そうであろ!」


 その後、ゴランやセルリスも起きてくる。

 シア、ニア、ミルカ、ルッチラ、ゲルベルガさまと一緒に朝ご飯を食べた。


 その席で、俺はエリックに言う。


「ルッチラの一族の件なのだが……」

「む? どの件だ? 男しか出席できない族長会議の件か? それとも土地の件か?」


 エリックには説明していない。

 にもかかわらず、エリックは知っているようだ。

 もしかしたらゴランが報告したのかもしれない。


 そう思って俺はゴランを見る。

 ゴランは美味しそうに肉の腸詰にかぶりついていた。


「その両方だ」

「ああ、それなら安心しろ。とっくに手は打ってある」

「……手を打ってあるのか?」


 お茶を飲みながら、エリックはこともなげに言う。


「ルッチラの住んでいた村のあった場所は今、俺の直轄地だ」

「どうやったんだ?」

「どうもこうもない。領主の奴が金に困って泣きついてきたので、その土地と引き換えに税を一部免除したのだ」

「へー。運がいいな。そういうことってよくあるのか?」

「稀によくあることだ」

「……どっちだよ」


 俺の問いには答えず、エリックは続ける。


「族長会議についてだが圧力はかけておいた。ルッチラの成人までに制度が変わらなければ改めてかければよかろう」


 思いのほか、手際がいい。

 教えていないはずなのに、どういうことだろうか。


「エリック。ルッチラが女の子だってこと知っていたってのか?」

 ゴランが驚いている。ということは、ゴランが教えたわけでもないらしい。


「当たり前であろう。というか気付いていなかったのか? そちらの方が驚きだが……」


 エリックが呆れたような目で見てくる。

 返す言葉もない。


「ルッチラ、そういうことらしい」

「陛下、何から何まで、ありがとうございます」

「ココゥ!」


 ルッチラとゲルベルガさまが頭を下げた。


「気にすることはないぞ」

「ルッチラ、まだ心配なことがあれば、この際エリックに頼んでおくといい」

「そうだぞ。叶えられるかはわからぬが、言うだけならただである」


 エリックは優しく微笑んだ。


「陛下。これ以上の望みなぞありませぬ」

「それならいいのだが。まあ、別に今じゃなくてもいい。あとで思いついたら言いにきなさい」

「ありがとうございます」

「俺に言いにくかったら、ラックに言えばよい」


 そういって、エリックは笑った。


 みんなが朝ごはんを食べ終わった頃、屋敷の呼び鈴が鳴った。

 ちょうどその時、俺は徒弟たちと食器を洗っていた。


「お、来客だな。手の空いてるおれが行ってくるぞ!」

「門は開けないようにな」

「分かってるんだぜ」


 ミルカが走っていく。

 ミルカは料理を作る主導的な役割を果たしている。

 だから、お皿洗いは免除されているのだ。


 皿を洗いながらニアが言う。

「誰でしょうか?」

「さあ、朝だから、緊急の要件かもしれないな」

「それは困りますね」

 ルッチラは肩にゲルベルガさまを乗せながら皿を洗っていた。


 すぐにミルカが戻ってきた。


「ロックさん! ロックさん!」

「どうした? 落ち着け」

 ミルカは少し慌てているように見えた。


「なんか、羽と尻尾はえた人がいたんだぞ!」

「……えっと、ケーテみたいな?」

「そうなんだ! でもおっさんだったぞ!」

「お客さんに、おっさんとか言ったらだめだぞ」


 残りの皿洗いをニアとルッチラにお願いすると俺は正門へと向かう。

 門越しに男が見える。

 貴族の正装だ。そして身長が高い。

 一般男性より、かなり大きなゴランより、さらに背が高い。

 そして、太い尻尾と小さな羽が見えていた。それはケーテにそっくりだ。


(竜だろうか。いや、人族に変化できる竜族は滅多にいないはずだ)

 そんなことを考えながら門まで行く。


「お待たせしました。この屋敷の主、ロックです」

「朝早くにお邪魔してしまい、申し訳ございません。私はケーテの父、ドルゴ・セレスティアと申します」

「あっ、ケーテさんの!」

「いつも娘が大変お世話になっております」

「いえ、こちらこそ」


 俺は門を開ける。


「立ち話も何ですから、どうぞ中にお入りください」

「失礼いたします」


 ケーテの父ドルゴはとても腰が低い。

 ケーテの父、つまりは先代の風竜王である。


 そんな大物竜が、一体我が屋敷にどんな用があるというのだろう。

 少しだけ俺は緊張した。

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