第142話

 夕食の後、エリックは王宮に帰っていった。

 妻と子供たちが待っているのだ。ちなみに王宮でも夕食を食べるらしい。

 太らないか心配である。


「ゴランは泊まっていくんだろう?」

「すまねーな!」

「一応、屋敷の方にも連絡しとけよ」

「ああ、それは大丈夫だ。言ってある」


 俺がゴランにそんなことを言っている間、ケーテはこっちをチラチラ見ていた。

 泊まっていくように声をかけられるのを期待しているに違いない。


「ケーテも泊まっていくといい」

「よ、よいのか?」

「もちろんだ」


 ケーテは嬉しそうに羽をぴくぴく動かした。

 尻尾も縦に動いている。


 そんなケーテにニアが駆け寄る。

 狼の獣人であるニアの尻尾はゆっくりと揺れていた。


「ケーテさん、一緒にお風呂入りましょう!」

「お風呂とな?」

「結構広いお風呂があるんです」

「そうだぞ! 毎日磨いているからきれいなんだぞ」


 ミルカは胸を張っていた。


「先生も一緒にはいろう!」

「うむ。入ろうではないか」


 フィリーもお風呂に入るようだ。


「それは楽しそうであるな!」

「みんなでお風呂に入るでありますよ!」

「そうね!」


 シアとセルリスも一緒に入るようだ。

 女の子たちがぞろぞろとお風呂に向かう。

 その際、ケーテがふと言った。


「ルッチラは、一緒に入らぬのか?」

「ぼ、ぼくはいいです」

 ゲルベルガさまを抱いたルッチラは慌てた様子で拒否をする。


「ルッチラは男の子だぞ!」

 ミルカが笑いながら言った。


「む? そうなのか? 我はてっきり……」

「ケーテさんは人を見分けるのが苦手なんだなー」


 ミルカはうんうんと頷いている。

 ゴブリンと人族の区別がいまいちついていないのがケーテだ。

 人族の男女差などわかるわけがない。 


「不思議なこともあるものであるなー。てっきり……」

「ささ、ぼくのことは置いといて、お風呂に入って来てください」

「ルッチラからは女子の匂いしかしないのであるがなー」

「……そんなことないよ?」

「ここここ」


 ルッチラの顔は引きつっていた。

 ゲルベルガさまもなぜか細かく震えて、きょろきょろ見回していた。

 ミルカが驚いて、目を見開いた。


「え? そうなのかい? ルッチラは女の子なのかい?」

「ち、ちがうよ?」

「こここここここ」


 ルッチラは焦っているようだ。

 だが、ルッチラ以上にゲルベルガさまの挙動が怪しい。動揺しているようだ。


 これは女の子であることを隠していたということかもしれない。

 さすがの俺も、そのぐらいは気が付く。


「ルッチラ」

「は、はい」

「こここここ」


 ゲルベルガさまがルッチラの腕を飛び出し、鳴きながらこっちに走ってきた。

 そのまま俺の腕の中に飛び込む。


「どうしたんだ、ゲルベルガさま」

「こうこうここ」


 ゲルベルガさまは頭を上下にぶんぶんと振る。

 ルッチラが性別を偽っていたことを、謝っているのかもしれない。

 男だろうが女だろうが、ルッチラはルッチラである。


「本当に気にしなくてもいいぞ?」

「……はい、ありがとうございます」

「コッココ!」

「わかりました、ゲルベルガさま」


 ゲルベルガさまが促すように鳴いた。

 そして、ルッチラは決心したように口を開く。


「実は、ぼくは隠していたけど女でした……」

「へー、そうだったんだー」

「気づかなかったのだ」


 ミルカとフィリーは素直に驚いている。


「あたしは匂いでわかっていたでありますよ」

「私も知っていました」


 シアとニア、嗅覚の鋭い狼の獣人たちは知っていたようだ。

 知ったうえで事情があるのだろうと指摘しなかったらしい。


「私も、そうだろうと思っていたわ」

「セルリスも、知っていたのか?」

「知っていたのとは違うわ。そうだろうと思っていただけ」

「どうして、ルッチラが女だってわかったんだ?」

「だって、可愛いもの。声も顔も、女の子でしょう?」


 セルリスも気付いたうえで、突っ込まなかったようだ。


「そうだったのか、気づかなった……」

「ああ」


 俺とゴランは、正直気が付いていなかった。


「隠していたことは、問題ないんだが……なにか事情があるのか?」

「……ぼくの一族が、ぼく以外全滅してしまったことは話したと思うのですが……」

「そうだったな」


 ゲルベルガさまを崇めていたルッチラの一族は、昏き者の襲撃で滅んでしまった。

 そして一人生き残ったルッチラが、ゲルベルガさまを守りながら落ち延びたのだ。


「ぼくの住んでいた地域は族長同士の会議があるのですが、その族長会議に出れるのは男だけなのです」

「なぜ男だけなんだ?」

「領主の方針です」


 しょうもない方針だ。領主の顔が見てみたい。

 シアたち狼の獣人族にも族長会議があると聞いている。


「シア。そういうものなのか?」

「狼の族長会議は女でも問題ないでありますよ。父の代理であたしが出席したこともあるでありますしね!」


 そういえば、そのようなことをシアは言っていた。

 ハイロード討伐に関する族長会議に、族長ダントンのかわりにシアが出席したのだ。


「そうだよなー。普通はそうだ」


 ルッチラは真面目な表情でつぶやくように言う。


「ぼく一人だけですが、一族は滅んでいないのです。成人したら族長会議に出席するつもりですので……」

「なるほど。それで男としてふるまっていたのか」

「はい。隠していて申し訳ありません」

「気にするな。それに一族の復興という意味なら、エリックに頼めばどうとでもなるぞ」

「というか、ルッチラ、騎士の爵位をもらっていたはずじゃねーか?」

「はい、いただきました」


 ヴァンパイアハイロード討伐の功績だ。

 シアと狼の族長たち、ルッチラには騎士の爵位が与えられている。


「爵位を持つってことはつまり、一家をたてたってことだ。族長会議にも出席することは可能だろうさ」

「そうだな。平民相手なら領主は色々出来るが、騎士は貴族だ」


 たとえ領主でも、貴族相手に根拠のない自分の好みを押し付けるわけにはいかない。

 もめた場合は、王に仲裁を頼むことになる。

 その場合、王は枢密院に判断をゆだねることが多い。


「で、俺は枢密顧問官なんだよ」

「……そ、そういえば、そうですね」


 そう言うとルッチラは、ぽろぽろと涙をこぼした。

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