第123話

 フィリーを含めてみんなで談笑していると、エリックが戻ってきた。


「おお、やっと帰って来たか」

「やはり秘密通路は便利だな」

「早速だが、見て欲しいものがある。エリックとフィリーはついて来てくれ」

「なんだ?」

「わかったのである」

「シアたちもついて来てくれ」


 俺はエリックとフィリーを連れて、裏庭に出た。

 愚者の石、製造機械はそれなりの大きさなので、居間だと手狭なのだ。

 裏庭は一応外からは見られないようになっているので安心だ。


 タマとガルヴ、シア、ニア、ルッチラもついて来てくれた。

 ゲルベルガさまは、ガルヴの背に乗っている。


「俺はニアとガルヴとゲルベルガさまと散歩に行ったのだが……」


 俺はエリックに説明した。

 ケーテからの呼び出し、遺跡でのゴブリン退治。

 そしてヴァンパイアとの遭遇に、愚者の石製造装置のこと。


「それに至高の王っていうのも気になる」

「ふむ。至高の王とな?」

「アークヴァンパイアが命を懸けて、転移魔法陣壊しやがったからな。彼らにとって重要人物なのは間違いない」


 説明しながら、俺は魔法の鞄から愚者の石製造装置を取り出した。


「フィリー、これを見てくれ。これを使って、ヴァンパイアどもは愚者の石を製造しようとしていたらしい」

「ふむふむ? これが竜族の魔道具であるか。すごい物であるな」


 フィリーは愚者の石を作ることのできる、天才錬金術士だ。


「これを使って愚者の石は本当に作れると思うか?」

「調べてみよう。少し待つがよい」


 フィリーは真面目な顔で調べている。

 それを静かに俺たちは見守った。


「ここが、こうで、ほう? ここはこうなっておるのか……」


 フィリーは装置に没頭しはじめた。

 フィリーは十四歳にして、愚者の石の製法をよみがえらせた天才である。

 その錬金術の腕前は宮廷の筆頭錬金術士よりはるかに上だ。


「天才は集中力もすごいのね」


 セルリスがそんなことをぽつりと言った。


「なるほどー」


 いつの間にかやって来ていたミルカがうんうんと頷いた。

 そのミルカをセルリスがそっと抱き寄せる。


「ということは……ここが物質の分解を司るわけであるな」


 フィリーはぶつぶつ言っているが、内容はさっぱりわからない。


 しばらくたって、フィリーは空を見上げる。

「ふうぅー」

 そして息を大きく吐いた。


「フィリ-、なにか分かったか?」

「うむ。竜族というのは、本当に偉大な種族であるな……」

 フィリーはしみじみとそう言った。


「そんなにすごいのか」

「人族とは脳髄のレベルが違うのやも知れぬ。よくもまあ、このような装置を作れたものだ」


 フィリーの竜族に対する絶賛を聞いて、俺はケーテの顔を思い浮かべた。

 嬉しそうに、ぎゃっぎゃっぎゃと鳴く姿だ。あまり賢くは見えなかった。


「竜族の知能はともかく、竜族の文明が凄いのは確かだろうな。で、愚者の石を作れそうなのか?」

「うむ、作れるであろうな」


 フィリーの言葉を聞いて、俺はエリックと顔を見合わせる。


「ケーテによると、他にも同じような装置がある遺跡もあるそうだ」

「それは由々しき事態だな」

 エリックの顔が曇った。


「それにヴァンパイアの口ぶりから言って、すでに同様の装置を確保していてもおかしくはなさそうだ」

「ふむ……」


 シアが首を傾げる。


「どうして、竜族の方々は愚者の石を作ろうとしたのでありますか? 竜族の方々も愚者の石を必要としているのでありますかね?」

「シア。それは違うのだぞ」

 フィリーが首を振る。


「違うというと、どういうことでありますか?」

「これは錬金装置である。作れる物質は愚者の石だけではないのだ」

「フィリー。ということは賢者の石も作れるのか?」

「可能である」

 俺の問いにフィリーは即答した。


「おぉ」

 そして、エリックが感嘆の声を上げる。


 賢者の石は神の加護の核となるものだ。

 賢者の石を簡単に作れるようになるのならば、人類の文明レベルは向上するだろう。

 小さな町でも神の加護で保護することができるようになる。


「フィリー。愚者の石も、賢者の石も、簡単に作れるのか?」

「簡単ではない。材料を集めるのが困難であろう」

「材料とは具体的にはなんだ?」

「まず、前提条件から説明させてほしいのだが……」


 フィリーはそう断わってから、教えてくれた。

 本来、愚者の石も、賢者の石も大した材料は必要ないのだという。


「ごく当たり前の、そのあたりに転がっている材料で作れるのだ」

「そうなのか?」

「もちろん配合比率や、錬成の仕方など、簡単ではない。絶妙な加減が必要なのだ」


 だからこそ愚者の石の製造はフィリー以外の誰にもできなかったのだ。

 文献には残っている。それでも無理だった。 

 昏き者どもはフィリーから直接教えてもらっても作れなかったぐらいだ。


「それを簡単に行えるようにしたのがこの装置だ」

「ほう」

「だが、材料はそのあたりに転がっているものでは作れぬ」

「具体的には?」

「賢者の石は魔物から取れる魔石であるな。それも大量に必要だ。愚者の石は神獣の血や肉、人の命など、単純に生贄と呼ばれるものが大量に必要であろう」

「材料を集めさえすれば、ゴブリンでも作れそうか?」

「さすがにゴブリンでは難しかろうが……。ヴァンパイアや人族なら容易かろう」


 エリックが重々しく口を開く。


「少なくとも、昏き者どもに渡すわけにはいかぬということはわかった」

「そうだな」

「保管を頼んでも良いか?」

「王宮の宝物庫にいれたらどうだ?」

「それよりも、ラックに任せた方が安心できる」


 エリックに頼まれて、俺が装置を管理することになった。

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