第112話

 ニアもガルヴもケーテの叫びを聞いてびっくりしている。


「が、がう!」

「すごい声です」

「そうだな。王都中に聞こえてそうだな」


 とりあえず、ケーテのもとに走った方がいいだろう。


「走るぞ」

「了解です!」

「がっがう」

「コッコ!」


 ゲルベルガさまは、驚くこともなく、平然と俺の肩につかまっている。


「ゲルベルガさま、大丈夫か? 胸当ての内側に入るか?」

「ここう」


 どうやら大丈夫らしい。

 俺は声のした方へと先程よりも速く走る。ニアが遅れかけた。

 八歳なので仕方がない。


「ガルヴ、余裕はあるか?」

「ガウ!」


 余裕はありそうだ。

 俺はニアの襟首をひょいとつかむと、ガルヴの背に乗せた。

 ガルヴはまだ子供の狼霊獣だが、馬ぐらい大きいのだ。


「す、すみません。遅れてしまって」

「気にするな。ガルヴ、行けるよな?」

「ガッガウ!」


 ガルヴは張り切って走る。

 ガルヴの全力に合わせて、俺は走った。


「GYAAAOOOON! にぃぃしぃいのおおおぉ、おかああぁあぁでぇぇえ、まぁぁあってるぞおおおお!」


 ケーテが叫んでいる。

 確かに俺と連絡取れればなんでもいいとは言った。

 だが、目立ちすぎである。非常に困る。


「あまり時間をかけるわけにはいかないか。他の冒険者や騎士とかが集まったら面倒だ」


 幸運だったのは西の丘というのが、ここから比較的近いということだ。


「ガルヴ、加速するぞ」

「ガ、ガウ!」


 俺が走ると、ガルヴは懸命についてくる。

 やはり、ニアを乗せて全力移動はガルヴには厳しかったのかもしれない。

 俺はニアの襟首をつかんで、横抱きに抱く。


「すまない。急ぐからな」

「は、はい!」


 ニアの尻尾がパタパタ揺れた。


 さらに加速して、ガルヴが遅れ始めたころ、やっとケーテの姿が見えた。


「ぎゃっぎゃっぎゃ! ロック、早かったのだな」

「たまたま、この近くにいたんだ」

「そうだったのか!」


 ケーテはご機嫌だ。

 俺は周囲を見回す。まだ冒険者も騎士も現れていない。


「ケーテ、話は後だ。隠れるぞ」

「む? なぜだ?」

「なぜだじゃないだろう。王都中に響く声で、グレートドラゴンが叫んだんだ。軍隊が派遣されるぞ」

「むむう」

「なにが、むむうだ。いいから移動だ」

「わかったのである。背に乗るがよい」

「助かる」


 俺はニアを横抱きに抱いたまま、ケーテの背に乗る。

 そして、ニアを背にそっと降ろした。


「ありがとうございます」

「急がせてすまなかったな。ゲルベルガさま。空を飛ぶらしいから入ってくれ」

「ここ」


 ゲルベルガさまが肩の上から、胸当ての内側へと入る。

 そのころにガルヴはやっと追いついた。


「ガルヴも乗りなさい」

「が、がう」


 ガルヴはしり込みしていた。気持ちはわかる。


「ガルヴ。ここで待っているか? ヴァンパイアに襲われる可能性があるからついて来て欲しいが」

「ガウ!」


 ガルヴはひと際大きい声で吠えた。

 勇気を振り絞ったのだろう。そして、ケーテの背に乗った。


「大丈夫であるか?」

「ああ、移動してくれ」

「任せるがよい」


 ケーテは空へと飛びあがる。

 ニアは俺の手をぎゅっと握る。


「ご、ごめんなさい。少し怖くて」

「気にするな、いくらでも握ってくれ」

「ありがとうございます」


 ニアはニコッと笑う。

 尻尾に元気がないので、きっと無理して笑顔を作っているのだろう。

 そして、ガルヴは完全に怯えていた。


「……きゅーんきゅーん」


 いつものようにガウと鳴かず、子犬が甘えるような声を出している。

 高所であるということに加えて、ものすごく怖いケーテの背の上にいるのだ。

 ぷるぷるしながら、俺の体にしっかりと寄り添っていた。


「安心しろ」

 俺は空いた手で、ガルヴを撫でた。


 ケーテは飛びながら楽しそうに言う。


「ぎゃっぎゃっぎゃ。人族を乗せるのは初めてである」

「そうか。それはよかった。で、また遺跡をゴブリンに占拠されたのか?」

「うむ。その通りである」


 あれからケーテは発見した竜族の遺跡に隠蔽いんぺいの魔法をかけて回っていたらしい。


「昔にかけられた隠蔽の魔法はあるのだがな。さすがに時がたちすぎて、弱まっているのだ」

「それで強化して回っているということか?」

「その通りである。仮にも竜族の魔法であるのだ。弱まっていなければ、ゴブリンごときが侵入できるはずもない」

「それはそうだが、誰かが解除して回っている可能性もあるだろう?」

「ぎゃっぎゃっぎゃ! そんな暇な奴がおるかのう?」


 隠蔽の魔法をかけて回るケーテみたいな奴がいるぐらいだ。

 逆に解除して回る奴がいてもおかしくないとも思う。


 だが、それを言うと、隠蔽魔法は文化財の保存という崇高の任務のためだ。

 遊びで解除して回る奴とは全く違うと、ケーテはいうに違いない。


 ケーテは少し寂しそうに言う。


「さすがに竜族の魔法も数千年も経てば弱まってしまうのだなぁ」

「時の流れはどうしようもない」

「ぎゃっぎゃ、寿命の短いものが言うと説得力があるな」

 そういって、ケーテは笑った。


 俺はケーテに尋ねる。


「今回はケーテのかけた魔法が破られたってことか」

「うむ。隠蔽の魔法を使うのが初めてだったゆえ……もしかしたら間違っていたのかもしれぬのだ」

「魔法が得意な竜族が珍しいな。猿も木から落ちるってやつか」

「面目ないのである。あとでロックに見て欲しいのだが……」

「それは構わないぞ」

「ロックがこの前かけた隠蔽の魔法は素晴らしかったからな!」


 ケーテに褒められてしまった。


 ケーテが言うには、遺跡には隠蔽の魔法の他に侵入者探知の魔法をかけたのだという。

 今回は、早くも侵入者探知にも引っかかった。恐らくゴブリンに侵入されたのだ。


「それで、約束通りロックを呼んだのだぞ」

「お、おう……」


 ケーテには悪気はないようだった。どや顔をしている。

 連絡方法については、後でしっかりお話しをせねばなるまい。

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