第92話

 エリックのことを信頼していないわけではない。

 だが、ここまで、首飾りに効果があるとは思わなかった。

 大貴族であるマスタフォン侯爵夫妻が、一瞬でひざまずいたのだ。


 俺は改めて、マスタフォン侯爵夫妻に説明する。


「陛下から、神の加護を誤魔化しているヴァンパイアがいる件の調査を任されておりまして……」

「そうだったのですか」

「言うまでもないことですが、王都内でヴァンパイアロードを見たということは絶対に口外しないでくださいね」

「我が身命に代えましても」

「そこまで、思いつめなくても」

「いえ、陛下の代理人たるロックさんの言葉は、綸言りんげんでございますれば。王国貴族として当然のことです」

「なるほど。綸言ですか……」


 俺の言葉を、君主の言葉だと取られるというのなら、うかつなことは言えない。

 それは困る。


「陛下の代理人として発言するときはあらかじめ言いますので、それ以外の時は普通に接してください」

「ですが……」

「そうでないと、なにもしゃべれなくなってしまいます」

 そういって、俺は笑っておいた。


「そういうことでしたら……」

 侯爵夫妻は、納得してくれたようだ。


「ちなみに、私が代理人というのも秘密ですよ」

「当然です」


 それからは侯爵夫妻は大人しく従ってくれた。さすが国王代理人の権威である。

 侯爵夫妻は神の加護を誤魔化す方法があると知ってしまった。

 こうなった以上、何らかの役職を与えて、味方に引き入れるしかない。

 どういう役職を与えるかはエリックが考えるだろう。


 夫妻が監禁されていた部屋を出て、使用人部屋を通り廊下に戻る。


「フィリーさんに会いに行きましょう」

「近くに来ているのですか?」

「近くに来ているというか、この屋敷の別の部屋に監禁されていました」

「なんと……」


 俺は侯爵夫妻をフィリーの部屋へと連れて行った。

 扉をノックして、中に呼びかける。


「フィリー。マスタフォン侯爵夫妻をお連れしたぞ」


 ガタゴト、大きめの音が鳴った後、勢いよく扉が開かれてフィリーが飛び出してくる。


「父上! 母上!」

「フィリー。よくぞ無事で……」

「わぅわぅ」


 三人で涙を流しながら抱き合った。その周りを嬉しそうにタマが回る。

 タマの尻尾はビュンビュン揺れている。


「感動でありますね……」

「ひとまず、解決だな……」

「がう」


 シアもガルヴも、侯爵一家の様子を見て、ゆっくりと尻尾を振った。

 しんみりした空気になりかけたところで、大きな声が聞こえてきた。


「パパ、おじさま、こっちよ!」

「おお、門番が倒れているじゃねーか」

「これは由々しき事態であるな」

 セルリスがゴランを連れてきてくれたようだ。一気に屋敷がうるさくなる。


「ロック、どこだー?」

「こっちだ!」


 俺が返事をすると、すぐにゴランたちがやってきた。

 なんとゴランの後ろにはエリックがいた。なぜいるのか。


「へ、陛下……、このような場所においでいただけるとは光栄の至り」

 マスタフォン侯爵夫妻は、再びひざまずく。


「面を上げよ」

 そして、エリックは続ける。


「詳しく説明するのだ、ロック」

「順を追って説明するとだな」


 俺は説明した。

 ネズミ退治のところは省略しようと思ったのだが、要求されたのでそこも説明した。


「なんと。そういうことであったか」


 エリックは納得したのか、うんうんと頷いている。

 エリックは、わからないことがあればその都度聞いてきた。

 だが、ゴランはずっと黙って話を聞いていた。

 そのゴランの拳がプルプルし震えている。


「おい、ロック!」

「どうした。怖い顔して」

「また勝手に独走しやがって! 邪神がいる可能性があったんだろう? ハイロードが何体もいる可能性があったんだろうが!」

「そうだな。だが、ハイロードぐらいなら……」

「そういうことじゃない! まず応援を呼べよ!」

「急いだほうがいいかと思って」

「急いだほうが、そりゃいいだろうさ。だがな、これは敵が何年も時間をかけた計画だろうが!」

「そうだな」

 侯爵家に執事が入り込んだのは二年前だったか。


「今更、十分十五分、遅れたぐらいで何も変わらねーよ!」

「お、おう。それは、そうかもしれないな」

「なぜ、一言、俺に言わねーんだよ!」

「……すまん」


 ゴランの言葉は正論なので、反論できない。

 プルプルしているゴランの手をセルリスがそっとつかむ。


「パパ、ロックさんも反省しているのだから……」

「……二度と無茶な独走するんじゃねーぞ」

「わかった」


 俺が反省していると、ガルヴが俺の手をぺろりと舐めた。

 元気づけようとしているのかもしれない。

 俺はガルヴの頭を撫でてやる。


「色々と把握した。ロック、疲れたであろう? あとは我らに任せるがよい」

「おう、エリック、ゴラン任せた」

「任せておけ」

「ゴラン、敵の本拠地だが……」

「ああ、邪神のいたところな。精鋭のAランク冒険者パーティーを早速送り込んでおく。心配するな」

「助かる」


 そして俺が帰ろうとすると、フィリーに腕をつかまれた。


「フィリーも大変だったな。しばらくゆっくりするといいぞ」

「ロック、感謝してもしきれぬのだ」

「気にするな、仕事だ」

「それでもありがとう」

「なにかあったら俺んちに言いに来い。二軒隣だ」

「随分と近いのだな」

「ああ、タマも遊びに来いよ」

「わう」


 そして、俺は自分の屋敷へと戻った。

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