第18話

 俺は自室に戻って眠りについた。

 朝になり、執事に起こされて、食堂へと向かう。

 ゴランはいなかった。


「ゴランはどうしました?」

「ゴランさまは日の出前に出勤なさいました」

「そうでしたか」


 ヴァンパイアロードの件について、動き出してくれたのだろう。

 仕事が早くて助かる。


 執事が出してくれた朝食を美味しく食べていると、セルリスがやってきた。


 冒険者になりたいらしい、ゴランの娘は今日も不機嫌そうだ。

 俺の顔を睨みつけていた。怖い。


 そんなセルリスに執事が声をかける。


「セルリスさま。パンはどれほど……」

「3つ、お願いします」

「かしこまりました」


 朝から結構食べるようだ。育ち盛りなのだろう。

 それはいいのだが、セルリスはじっと射貫くような視線を俺に向けつづけている。


「あの、俺の顔になにか?」

「あなた、パパとどんな関係なの?」


 セルリスはゴランのことをパパと呼んでいるらしい。

 意外と可愛らしい一面がある。


「そうだな。古い仲間と言ったところか」


 俺の答えはセルリスを納得させるものではなかったらしい。

 さらに眼光が鋭くなった。


「……あなた」

「なんだ?」

「本当はパパの子供なんでしょう?」

「ぶほっ!」


 思わず飲んでいたミルクを吹き出してしまった。

 とんでもない誤解である。

 いくら謎の効果で、若くみえるとはいえ、ゴランの子供には見えないはずだ。


 俺もゴランも40歳だ。

 だが、俺は次元の狭間にいた10年歳をとらず、さらに若返っているらしい。

 もしかしたら、25歳ほどに見えるのかもしれない。

 25歳なら、ゴランが15歳の時の子供になる。あり得ない。

 いや、15歳なら子供がいることも、あるかもしれない。


 俺はテーブルにこぼれたミルクを拭きながら冷静に告げる。


「いや、まったくもって違うぞ」

「嘘ね」

「嘘じゃないって」

「あなたを連れてきたときの、パパの喜びようと言ったらなかったわ」

「そうだったのか」


 俺はこの屋敷に来てから1週間ほど寝ていた。

 その間の出来事に違いない。


「パパは、ものすごくあなたのこと心配しているし」

「久しぶりに帰ってきたから、心配していただけでは?」


 セルリスは首を振る。


「娘の私が無断で一週間家を空けても特に何も言わないのに……。異常だわ」


 そういわれたら、返す言葉もない。

 俺もゴランのことを「お前は俺のおかあさんか!」と突っ込みたくなったのだ。

 娘の立場から見たら怪しいと思うのかもしれない。


 だが、ゴランの名誉を守るためにも、はっきりと真実を伝えなければならないだろう。


「10年ほど、遠くで戦っていたからな。心配なんだろう」

「訳が分からないわ」

「……そう、だよね」


 改めて客観的に考えてみたら、確かに訳が分からないかもしれない。


 そのとき、執事がセルリスの朝食を運んできた。


「ありがとう」


 セルリスはお礼を言えるいい子のようだ。

 朝ごはんをばくばく食べながらセルリスは言う。


「ママが出張しているのを、これ幸いと家に連れ込んだんだわ」

「それは誤解だぞ」

「パパのこと、そんなことしないって信じてたのに」


 バクバク食べながら、目に涙を浮かべていた。

 ゴランは娘がしばらく口をきいてくれないと嘆いていた。

 きっと、その理由は、ここにあったのかもしれない。

 冒険者になるのを反対されたからではなかったのだ。


 セルリスは、母親が外国に長期出張に出て寂しかったのだろう。

 そこに、父親がわけのわからない奴を屋敷に連れ込んだ。

 異常に喜んだり、心配している姿を見て、隠し子を連れ込んだと思い込んだに違いない。


 そんなセルリスに、執事が落ち着いた口調で言う。


「セルリスさま。ゴランさまはそのようなことをなさる方ではございません」

「あなたに嘘をつかせるなんて、パパは反省しなくてはいけないわ」

「いえ、私は嘘をついておりません」


 執事がゴランをかばうが、セルリスは納得しない。

 本当にゴランが隠し子を連れ込んだ場合でも、執事はかばうのだ。

 執事がゴランをかばって嘘をついていると、セルリスが考えてもおかしくない。


 セルリスは浮かべていた涙をぬぐうと、俺を見る。


「あなたは、わたしのお兄さまなの?」

「違うぞ」

「そう、つまりは弟なのね」

「ぶほぉ」


 また飲んでいたミルクを吹いてしまった。

 ものすごい論理の飛躍である。驚かされる。


「お姉ちゃんって呼んでいいわよ」


 セルリスはそんなことを言う。あまりのことに困惑する。

 だが、冷静さを失ってはよくない。俺はテーブルを静かに拭きながら指摘する。


「それは、さすがに無理があるのでは?」

「そうかしら」


 いくら若く見えるとはいえ、四十歳のおっさんを捕まえて、弟扱いとはどんびきである。

 このままでは、とてもまずいと思う。


 信じてもらえないので、俺は冒険者カードを見せることにした。


「俺の冒険者カード見てみ」

「……Fランク冒険者、戦士のロック」

「そうだぞ、名字がモートンだったりしないだろ?」


 俺は冒険者カードの名字を隠ぺいしている。だが普通は名字を隠ぺいなどしない。

 冒険者カードに名字が書かれていなければ、名字がないと考えるのが普通なのだ。


「パパはあなたを認知していないってことね?」

「……いや、そういうことではないぞ?」

「悪いのはパパであって、あなたには罪はないものね。お姉ちゃんが認知するように言ってあげるわ」

「いやいやいや」

「ママが反対するって思っているのね? うーん。もしかしたら怒るかもしれないけど。お姉ちゃんに任せて。ママも説得して見せるから」

「そうじゃなくって」

「苦労してきたのでしょう。これからはお姉ちゃんに甘えていいのよ?」


 セルリスは正義感が強いようだ。

 褒めるべき美徳かもしれないが、この場合はとても迷惑である。


 そして、弟が欲しかったのかもしれない。お姉ちゃんになり切って暴走している。


「いやいやいやいや! 落ち着いて聞いてくれ。俺は本当にゴランの子供じゃないんだって」

「パパに迷惑をかけるかもって心配しているのね。でも、少しぐらい迷惑をかけたほうがいいわ」


 俺は説得することをあきらめた。冒険者カードの隠ぺいを解除する。

 隠ぺい魔法はかけるのも解除するのも、とても難しい魔法だ。

 だが、俺にとっては簡単である。


 俺はセルリスの目を見る。


「な、なによ」

「秘密を守れるか?」

「相談かしら? お姉ちゃんはしっかりと秘密を守るわ」


 完全に俺のことを弟だと思っている。本当にまずい。

 ここまで思い込みが激しいとは。ゴランもそういうところがあった気がする。

 親子だから似ているのだろう。


 このままでは、モートン家、崩壊の危機である。

 俺の身分は友の家庭を破壊してまで隠すようなものではない。


「じゃあ、これを見てくれ」


 冒険者カードを見せた。セルリスが固まる。

 今は隠ぺいを全解除してある。

 長くて恥ずかしい、例の職業も書いてある。

 大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士Sランクというやつだ。

 名前の欄にラック・ロック・フランゼン大公と書かれているのも見えている。


「ど、どういうことなの?」

「そういうことだぞ」

「どういうこと……?」

「そういうこと」


 セルリスは二度尋ねてきた。混乱しているのだろう。

 俺は混乱が収まるのを少し待つ。


「ということで、俺はゴランの子供ではないってことだ」

「……そうだったのね」


 やっとセルリスは納得してくれたようだった。

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