第27話 近所によく出るアイツの名前

「ついに見つけたぞ。見つけたが…」

 


 俺の探していたもの、それは睡眠瓶だ。

 


 


 グリッチで無限にアイテムが使える今、睡眠瓶さえあれば無限にはめ倒せるので喉から手が出るほど欲しい。

 


 


 だが、そのアイテムは4匹のキメラの群れのど真ん中にあるのだ。

 


 キメラは頭部、背中、尻尾にそれぞれ獅子、山羊、蛇の頭を携えている。

 


 あのキメラは俺とアリ子、そしてサキュ美の攻撃が1回ずつ入ったところでやっと倒れる強敵だ。

 


 睡眠瓶を獲得するためには、あの中に吶喊するほかない。

 


 高火力アイテム『火炎瓶』のグリッチによる連続投擲で押し切れるかどうか。

 


 いや、押し切るのだ。

 


「うおお! 連打連打連打!」

 


 俺は1番手前にいたキメラに火炎瓶を連続投擲する。

 


 流石に高火力アイテムの連射とあれば、押し切れるようだ。

 


 一体のキメラは倒れる。

 


 残るは三体。

 


 仲間がやられたキメラはこちらを見ると同時に、三匹とも背中の山羊が魔法の詠唱を開始する。

 


 今のところ分かっているキメラの呪文パターンは4つ。

 


 


『麻痺』

『毒』

『鈍足』

『MPダメージ』

 


 


 この4つからランダムのようだ。

 


 麻痺はまずい。

 動けなくなれば、ソロなら即死を意味する。

 


 毒は危険だ。

 長時間のスリップダメージは凄まじいダメージ量となる。

 


 鈍足は恐ろしい。

 行動が鈍化すれば、死を招く原因にもなり得る。

 


 ならMPダメージはどうだろうか。

 付呪は使い物にならず、MP自体使う機会がそうそうない。

 


 


 つまり受けるべき呪文は『MPダメージ』だ。

 


 普通、相手の呪文を任意で選ぶことはできない。

 


 そして今回もまた例には漏れていない。

 


 


 だが、呪文の抽選に介入することは出来る。

 


 現実のイベントは何が起こるか予想のつかない、完全ランダムイベントだ。

 


 だが、ゲームにおいて絶対の『ランダム』は存在しない。

 


 コンピューターはあらゆる条件から選択を行い、ランダムに見せかけているだけなのだ。

 


 


 つまり、あらゆる条件から抽選に介入できるのだ。

 


 たとえば一歩歩いたり、呼吸したり、そういった行動のひとつひとつで敵の行動が変化している。

 


 


「うおおおおお!」

 


 俺は次々と行動を起こしていく。

 


 火炎瓶を落とす、拾う、反復横跳びをする、床を殴る。

 


「メー」

 


 キメラの魔法陣を見つめる。

 


 この全てが全て『MPダメージ』の瞬間を引き当てるのだ。

 


 


「うおおおお!」

 


 そして山羊の魔法は放たれる。

 


「くっ!」

 


 身体中を脱力感が襲う。

 


 麻痺か、毒か、鈍足か。

 


 一瞬、最悪の結果が脳裏をよぎる。

 


 


 だが、現実は俺の思いのままだった。

 


「ふぅ、危なかったな」

 


 


 俺のMPは空になったが、それ以上状態異常などは受けていない。

 


「さあ、反撃開始だ!」

 


 俺はキメラに一気に近づく。

 


「手間を! 取らせおって! うおおおおお! 火炎瓶! 火炎瓶!」

 


 俺はストレス解消に殴りも含めながら次々と火炎瓶で敵を屠っていく。

 


 気がつけば、キメラは跡形もなく灰燼と化していた。

 


 


「さ、睡眠瓶を持っていかないとな」

 


 睡眠瓶、無限投擲でもはや無敵級のアイテムだろ、これ。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「ただいま戻ったぞ!」

 


 アリ子たちは和気あいあいとリラックスして談笑していたようだ。

 


 


「あら、噂をすればなんとやら、ね」

 


 サキュ子はニマニマとほくそ笑んでいる。

 


 悪人顔が良く似合うな、サキュ子は。

 


「なんだなんだ、何の話だ」

 


「デバッグおにいさんには関係ない話…」

 


 


 サキュ美はそういうが、たしか俺の噂をしていたのではなかったのだろうか。

 


 おかしな話もあったものだ。

 


 だがまあ、深入りはしないでおこう。

 


「乙女には秘密の一つや二つ、あるものですからね…」

 


 エル子もまたニマニマしている。

 


 


 一体何なのだ。

 


「あーもういいですから、次行きましょ! 次!」

 


 アリ子は顔を真っ赤にしながら俺を押す。

 


 押して階段まで運んだ。

 


「ちょ…この先は25Fだ。準備は入念に」

 


「そうですね入念に。はいはい行きましょうね」

 


「お、おい! 人の話を…」

 


 ニマニマしている後方3人組。

 


 なし崩し的に25Fへと向かってしまうのであった。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「つ、着きましたね…」

 


 着いた先には、東京ドーム一個分…は言い過ぎか、とにかくド迫力の大蛇が佇んでいた。

 


「さあ、ひと狩りいこうぜ!」

 


 俺は馬の被りものを被り、睡眠瓶をセットする。

 


「くらえ! 眠れ! 頼む!」

 


 そして睡眠瓶を連射する。

 


「グオオオオ」

 


 当たってはいるようだが、一向に眠る気配はない。

 


 どうやらボスは睡眠無効ってことか。

 


 


 なら、アプローチを変えるだけだ。

 


「アリ子は俺の援護を! サキュ美とサキュ子、エル子に合わせて吶喊するぞ!」

 


 みな『了解』と返事をしてくれる。

 


 サキュ子、サキュ美の呪文の詠唱を見るやいなや、大蛇はその大きな尾をこちらへ振るう。

 


「うおおおお!」

 


 俺はそれをやらすまいと素手で掴み、受け止める。

 


「デバッグおにいさん、これを!」

 


 エル子の糸によって蛇の突進の威力が抑えられている。

 


 ナイスだエル子!

 


 


「くっ、なかなかにいい火力だ。だが、これなら逃げられまい」

 


 俺は火炎瓶を連射する。

 


 大蛇はダメージを受け咄嗟に後退する。

 


 


「思い知ったか!」

 


 俺が会心の一撃を与えた余韻に浸っている間に、サキュ美の攻撃の準備が整ったようだ。

 


「空間把握完了───雷撃機雷展開!」

 


「はあああ!」

 


 サキュ姉妹のコンボで空中に大量の電撃機雷が配置される。

 


「グオ、グオオオオ!」

 


 巨体の大蛇は身動きする度にダメージを受けていく。

 


 


「今だアリ子!」

 


「はい! やあああ!」

 


 |竜騎兵(ドラグーン)のアリ子は駆け抜け、そのまま大蛇の喉元まで飛び込む。

 


「みだれ突き! やー!」

 


 目にも止まらない突きによる連続攻撃!

 


「グオオオオ! グオオオオ!」

 


 アリ子のみだれ突きにより大蛇は大きく仰け反り、電撃の海に溺れて苦しんでいる。

 


「はああああ! これでおしまい!」

 


 アリ子は脚竜のシキナキから跳躍し、唐竹割りをお見舞する。

 


 


 


「グオ…」

 


 大蛇はついに声をあげなくなり、地面に倒れ込んだ。

 


「やったかしら!?」

 


 サキュ子は大蛇の生死を確認するため、倒れた大蛇に近寄る。

 


 サキュ子、それはフラグっていうんだぞ。

 


 


「グオオオオ!」

 


 やはりというかなんというか、大蛇はビリビリと脱皮しながら復活をした。

 


「え、ちょっ、まだ生きてるんですけど!? きゃーっ!?」

 


 サキュ子は蛇のタックルをもろにくらい、壁に激突する。

 


 さらに蛇はアリ子を睨む。

 


「グオオ…」

 


「や、勘弁を…」

 


 魔物に語りかけても多分無駄だぞ、アリ子よ…

 


 


「あぅ!」

 


 勢いよく壁まで吹き飛ばされていくアリ子。

 


 なんかごめんな。

 


 


 しかし、その大蛇が本丸であるサキュ美エル子の方に行くには電撃の海を渡らねばならない。

 


 ゆっくり時間をかけて準備を整えれば…

 


「グオオオオ!」

 


 なんと蛇、普通に電撃の海を泳いで渡っているのだ。

 


 


 脱皮すると受けた攻撃の耐性がつくのか、なるほどな。

 


「オイオイ、死にましたわわたくし」

 


「膝に突進を受けてしまってな…」

 


 エル子とサキュ美はもう突進に対してどう痛くなく受けるかの姿勢を選んでいる。

 


「ぎゃふ」

 


「あべし」

 


 吹き飛ばされた彼女たちは見事に天井に頭が埋まっているな。

 


 


 ついにとうとう残るは俺だけになってしまったか。

 


 まさかの第二形態持ちのボスだったとはな。

 


 


「グオオオオ!」

 


 蛇睨みってやつを俺に向けてしている。

 


 


 電撃の海が効かないことから察するに、さっき攻撃に使った『火炎瓶』『斬撃』『電撃』は使わない方がいいだろう。

 


 さすがに全てに耐性があるのは強すぎるし、トドメになった電撃のみという線もあるが、予防に越したことはない。

 


 


 つまり俺が行うべき攻撃は───

 


「肉体による打撃…肉弾戦だ!」

 


 


 蛇はとぐろを巻き、俺の様子を伺っていた。

 


 だから俺の吶喊に合わせて、頭を鞭のようにして攻撃に転じる!

 


 


「ふん、効かんわ!」

 


 俺は敵の攻撃に向かってタイミングよく回避行動を繰り出すことで、無敵時間を発生させ、それで攻撃をいなす。

 


「次は俺の番だ! くらえ!」

 


 俺はあえてパンチなのか怪しい謎の動きをしながら拳をつきだす。

 


「グオオオオ!」

 


 複数のモーションの判定を同時に発生させることにより、本来一撃の扱いの攻撃を複数回ヒットさせる。

 


 この大迷宮ではレベルが一からなため、普段レベルが低すぎて通らない攻撃が通る。

 


 それを複数回ヒットだ。

 


 大蛇は大きく仰け反る。

 


 大蛇は尻尾でなぎ払いに来る。

 


 が、またも無敵フレームで回避する。

 


 


 向こうからはただ棒立ちしているように見えるだろうが、回避、アイテムメニュー、アイテム選択に1フレーム遅れて戻るを押し、メニューを閉じて回避モーションをキャンセル───

 


 要は高度な入力によるグリッチで立ったまま無敵時間だけを作り出しているのだ。

 


 


「今度はこっちの番だ! くらえ!」

 


 少しの隙すら見逃さず一気呵成に殴り込む。

 


 


 デバッグのために一見攻略不可能な敵を折れたブロンドソードなどでとんでもなく貧相な武器で討伐することもあった。

 


 それに比べれば、容易い。

 


 


 一流のデバッガーとは即ち、一流の戦士であるのだ。

 


「うおお! くらえ! ふんす!」

 


 怯む大蛇に次々にコンボを叩き込む。

 


 このまま押し切る!

 


「これでとどめだ!」

 


 俺は次の一撃に思いつく全てのバグを込める。

 


 こめて───

 


「おりゃあああい!」

 


 ───渾身の一撃を放つ!

 


 小気味よい音と共に大蛇は砕けていく。

 


 


「グオ、オオオオオ!」

 


 ソレは大きな雄叫びをあげる。

 


 


「いいファイトだった。デバッグおにいさん、それが俺の名だ。いつかまた会おう」

 


「グオオオオ!」

 


 大蛇は完全に砕けて消え去ったのだった。

 


 


「うーん…蛇が一匹…」

 


 アリ子のねごとが聞こえる。

 


 他のメンバーもどうやら無事なようだ。

 


 


 復活を待ってから攻略を再開しよう。

 


 


 そういえば思い出したな、何か既視感があると思っていたが、あいつ地元によく出るアオダイショウに似てたんだった。

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