第◇話 赤い雨
───魔物には、こんな習性がある。
『共食い』
人間が戦いを重ねて強くなるように、同胞を倒せば倒すほど、魔物はその力を増していくのだ。
ここ地下暗黒闘技場では、力を求めた者たちが死ぬまで殺し合う。
「でたー! 骨砕斬! 無敵だー! もはや彼を止められる者はいないのか!」
罵声や歓声、あらゆる声が一緒くたになりあの怪物へと送られる。
俺たち観衆を湧かせているのは、そう、のこの地下闘技場にて無敗を誇る眼前の怪物、サタナキアだ。
「ハァー! 今のはいい音だったぞ。次だ! 次の挑戦者はいねえのか…オイ!」
四本の腕に四本の骨断ち包丁を携えた山羊頭のサタナキアは次の獲物を探しているようだ。
「サタナキア選手、余興はこの辺にしておきましょう。次はメインコンテンツの蠱毒ですよ!」
マイクパフォーマンスを行っていた実況の男が怪物を止める。
「フン…それもそうだな」
蠱毒、それは百の魔族が一度にリングにあがり、ただ一人最後に立っていたものが勝者という、単純極まりないものだ。
だが、単純な暴力だからこそ、我々魔物を惹き付ける。
「誰かー! 参加者はいませんかー! 参加費用は命だけ! どなたでも受け付けてますよー!」
運営の男が声をかけると、すぐに百の魔物は揃う。
「それでは参加選手は控え室に向かってください!」
百の強靭な魔物たちは、みな控え室へと向かう。
眼光が鋭く、みな血走っている。
そんな中、優勝最有力候補のサタナキアが足を止めている。
「おいおい嬢ちゃん。俺様の娘と同じくらいの歳じゃねえのか? やめときな」
あのサタナキアは、参加者の一人である銀髪黒衣の大きな黒いマスクで鼻から下を隠した少女を心配していたのだ。
「確かに女子供の骨を断つのは好きだけどよぉ。…音がいいんだけどよぉ。単純に骨を断つ音だけじゃなくて、悲鳴だけじゃなくて、弱った時のうめき声とか…あ」
サタナキアはポンと手のひらを叩く。
「やっぱお前殺したいな。その端正な顔立ちが歪むところを…ておい!」
少女はそんな彼を無視し、すました顔のまま控え室へと消えていった。
そりゃあんな絡まれ方したらそうなるよな。
それにしても、あんなガキも参加するのか。
───それでは、始め!
闘技場には、百の檻があり、その中に一人ずつ囚われている。
そしてその合図とともに、ケダモノたちは一斉に飛び出す。
「どこだー! あの少女はどこだー! あの音を聞きたい! あの音を聞きたいんだ!」
サタナキアは血眼になり、銀髪黒衣の少女を探す。
それは苦労せず見つかった。
観客の望んだ光景は、サタナキアの無双する勇姿であった。
しかし、その期待は一人の少女によって裏切られる。
「………」
檻から放たれた彼女は、ただ一言も発さずに体躯には似合わない大鎌で次々と魔物に飛び映りながら的確に急所をはねていく。
歓喜はこれ以上にないほど沸き立つ!
もちろん、俺の胸も昂って仕方がない!
こんな戦いを見るために俺は地下闘技場にいるのだ!
「…おもしれえ! おもえれえおもしれえおもしれえおもしれえ! 勝負しろー!」
サタナキアは吠える。
多くの魔物は王者であるサタナキアの首を狙い、一斉にサタナキアへと得物を振るうが、四本の骨断ち包丁で容易く受け流され、粉砕されていく。
今日の参加者は特別だ。
蠱毒は苛烈な戦いのため、相当自信のある強者しか参加しない。
そんな強者たちをサタナキアは簡単にあしらい、倒し、少女へと歩み続ける。
「捕まえ───たぁ!」
少女にたどり着くと、四本の骨断ち包丁を一斉に振り下ろす。
少女は咄嗟に反応し、その刃を見る。
「で、出たー! 必殺の骨砕斬! これは耐えられない!」
サタナキアの骨砕斬を耐えたものはいない。
あの射程では逃げることは叶わなかっただろう。
つまり少女は、死に絶えたのだ。
俺はそう確信した。
───しかし、有り得ないことが起こったのだ。
「な、なに…!」
───なんと、四本のギロチンは獲物の強靭さに負け、止められているのである───
ただ一本の宙を浮く黒い棒が、四本の骨断ち包丁を受け止める。
むしろ骨断ち包丁は黒い棒に負け、一本残らず円形に刃こぼれを起こしているのだ。
慌ててサタナキアはバックステップで距離を取る。
逃がすまいと少女は宙に浮く黒い棒とは別に右手に持った大鎌軽々しく振るう。
サタナキアはその攻撃を四本の骨断ち包丁で防ぐ。
「はぁ…はぁ…」
全ての魔物と観客の動きと声が止まる。
実況も勿論止まる。
まるで空気が凍りついたかのようだ。
突如、サタナキアの上体が崩れる。
「馬鹿…な…そんな…音が聞こえ…俺の…」
なんと、先程防いだように見えた斬撃は、骨断ち包丁を貫通し、サタナキアの強靭な肉体を真っ二つに切断していたのである。
そのままなすすべもなく下半身は立ったまま上半身が床に倒れ、血飛沫が上がる。
なんと無敗の王者サタナキアは、たった一人の少女の一撃に屈したのだ。
だが、歓声があがらない。
あまりの異常事態に、誰も声をあげないのだ。
少女は軽々しく左手でぐるん、ぐるんと大鎌を縦に素早く二度回転させ、涼しい表情のまま立ち尽くしている。
静まる暗黒地下闘技場。
「ち、チャンスだ!」
突如、沈黙を破るように一人の参加者が、叫ぶ。
「あれほどつえー力が、倒せば俺のものだ!」
一人の魔物の声に釣られ、みなそうだそうだと叫ぶ。
魔物は一斉に少女に襲いかかる。
そう、これは好機なのだ────
「破壊…する…」
少女はつぶやく。
今度は横に一回転する動作に合わせ、鎌を回して振るう。
ありえないことに、大鎌は伸び、ほか全ての魔物を真っ二つにしてみせる。
そう、一人残らずだ。
辺り一面に、大量の血が飛び散る。
床は一面深紅に染まる。
魔物は魔物を食らうことで、その魔物の力を自らのものにする。
サタナキアはこれまで数千もの同胞を己の刃で屠った。
しかし、そのサタナキアは眼前の少女の一振りで一瞬にして敗れ去った。
一体彼女は何者なんだ。
いや───
「───何を食らったんだ」
蠱毒の女王は、赤い雨に佇む。
その殺戮の天使は静寂の中、血の海で一人立ち尽くしたのだった。
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