第2話 上上下下左右左右壁抜けグリッチ

 第2話   上上下下左右左右壁抜けグリッチ




「おーい! まつもとー! 出てこーい!」


 探せど探せど松本は現れない。


 とりあえず分かったこと。


 脚竜というのはやたら脚が発達した竜種で、馬車のようによく使われているということ。


 そして黒髪少女の探している松本という白い脚竜を探さなければならない訳だ。



「呼びかけても返事はなし。どうしたもんか…」


 ここはゲームの世界、それも夢の中での、だ。コミュ障を発動しないで、声をかけてみるか。


 そうだな、まずはそこの席で休んでる金髪エルフ娘にでも声をかけてみるか。


「ちょっとお姉さん。人探しをしていて…いや、獣探し?まあいいや、とにかく探してるんだ」


 金髪エルフ娘は振り返る。


 そこにはとても端正な顔立ちと、白磁のような肌の、雪を連想させるようなエルフがいた。



「すみません、今は焼かれた故郷の森の事を考えると胸がいっぱいで。よよよ。つらいわー。森ぐらしにはつらいわー。都会の暮らしとかないわ〜」


 だが彼女はこじゃれた都会感まるだしなハンバーガーを片手にむしゃむしゃとかじりついている。


 エルフのイメージをぶち壊すようなホットパンツに袖がゆったりとしたトップス。


 胸の主張も忘れてはならない。


 とてもラフな格好に何色にも光り主張するネックレス。



 片方の手に持っているカップにはコーヒーのようなものが入っているようだ。


 要するに現代ならサングラスかけてタピってそうな人種のエルフだった。



 どこからどう見ても都会暮らしを満喫しているようにしか見えないが…


「そうか、じゃあ白い脚竜を見かけたらよろしくな」


 仕方が無いので、ここは他を当たろう。


「しばしお待ちを。今なんと?」


「白い脚竜がどうかしたのか?」


「白い脚竜の卵は市場価値が高く、売り捌けば相当のものに…これは是が非でもパクるしかありませんわね(いえいえ、なんでもございませんのよ、おほほ)」


 お前、本音と建前が逆になってるぞ。


「…とにかく、足を止めさせて悪かったな。では」


「これは千載一遇のチャンス〜! さて、どんな策で迎えましょうか(いえいえ!お気をつけて〜!)」


「…」






     *






「あんたあんよがしろくてかわいいでちね〜。いくちゅなんでちか〜?」


 あたしがこの子を撫でると、キリッとした脚竜特有の顔つきでありながらぷるぷると震えながら毛が逆立ってとてもかわよい。


 白い脚竜は珍しいし、たまにはおでかけも悪くないわね。

 ちょっと日差しが強いけれど、原っぱでピクニックって感じ。


「あ、そうだ。ゴンザレスおなかすいてない?」


 あたしがそう言うと、こくこくと縦に首を振る。


「ふ〜ん、そうなんだ。あたしパン持ってるのよ。食べたい?」


 またもこくこく、と首を縦に振る。


「そうなんだ〜。じゃあはい、どうぞ。これにね〜…」


「マヨネーズをた〜んとかけたら出来上がり!」


 マヨはベチャベチャになるくらい多ければ多いほどよい。


 魔王様叙事詩にも載ってる。


 白い脚竜のゴンザレスは、嬉しさから目に涙を貯めているようだ。


「なに、早く食べなさいよ。それともあたしにくれるの?ありがと〜! あむっ」


 こんなにもおなかを鳴らせているのに私に気をつかってくれるゴンザレスちゃんは、世界で一番可愛い。


 ああ、誰かに自慢したいわね。



     *






「く、メニューバーのクエストマーカーの存在にもっと早く気がついていれば…。もう少しでディープコンパクトに会えるぞ!…」


 壁抜けバグの応用で街のはずれに向かうと、白い脚竜ディープコンパクトのクエストマーカーが浮かぶ。


「長い道のりだった…」


 だがついに報われる。ここを越えた草原、さあ出会おうか、ディープコンパクト!


「よちよちよち〜! た〜んとお飲み〜!」


 そこには、哺乳瓶に入れたマヨネーズを無理やり白い脚竜に飲ませる魔性の女がいた!


「そこまでだ! 悪魔め!」


 どうやらこのピンク髪のツインテ女がチュートリアルボスのようだな。


「あらなにかしら。いまいいところなのだわ。邪魔しないでくれる?」


「そうは行くか! 大体爬虫類に哺乳瓶は相性悪いぞ!」


 俺が現れるや否や、ディープコンパクトは俺に飛びつく。


「ああ! あたしのゴンザレス!」


「おーよしよしよしよし、怖かったなあ。悪いがディープコンパクトは回収させてもらう」


「ちょっと! 返しなさいよ〜!」


 この脚竜、ビジュアルもでかくツンとした雰囲気で恐竜を想起させるが、甘えてくる姿はこう、子犬のようで可愛らしい。


「嫌だ! ディープコンパクトは俺が飼うんだ〜! ちゃんと世話するから!」


「あたしの屋敷で暮らした方が幸せに決まってるじゃない! ね〜! ゴンザレスっ!」


 俺とピンク髪の女が揉めている最中、そこに割ってはいるように見知った気のする黒髪女が現れた。


「その子はディープコンパクトでもゴンザレスでもありませんっ! シキナキ! わたしの家族です!」


 それはどこかで会ったような黒髪の少女だった。

 だがそんなことは関係ない!


「よそ者はすっこんでろ!」


「よそ者はすっこんでなさい!」


 あまりにも身勝手な黒髪女の主張に、ついチュートリアル少女とセリフが被ってしまう。


「ひぃ、ごめんなさいぃ…」


 分かればよろしい。



 ディープコンパクトを巡る争いはしばらく続いたが。しばらくすれば収束の兆しを見せていた。


「そう…あんたの情熱には負けたわ…。いいわ、今回は身を引いてあげる」


「悲しいね。ちゃんと話し合えば、争いなんて生まれなかったんだ」


「うぅ…わたしのシキナキ…」


 夕暮れの中、俺たちは青春を謳歌する学生のように語り明かした。


「───ところで、フレンド登録しない?」


 ピンク髪の女が俺にもちかける。

 へえ、このゲームはNPCともフレンド登録できるのか。斬新だな。


「ああ、いいぜ」


「今送ったわ」


「これを受理すればいいのか」


 メニューバーからフレンド依頼を承諾する。


「そうよ、あたしサキュバスのデゼル。あんたは?」


「へえ、サキュ子か。そうだな。俺は、そうだな…デバッグおにいさん。そう呼ばれている」


「…っ! そう、あんたが」




 突如、サキュ子の眼光が紅い霆のように迸る───。



 先程までの暖かい雰囲気とはうって変わり、凍てつく冬のような緊張感が空気を張り詰めていく。



「あーあ。言わなきゃよかった。知らなきゃよかった。だってちょっと後味悪いじゃない?」


 眼光を残し、姿がみるみる闇に溶けていく。


「な───」



「だってこれから───殺しちゃうんだからさァ!」



 分かる。分からないが、分かる。


 見えもしないが、確かに感じる。



 サキュ子の鋭利な爪が俺目掛けて来ているのを!



 危機に反応し、俺の肉体が目を覚ます!



「く、使いたくなかったが…壁抜けグリッチ!」




 俺はマヨネーズの不安定な判定を利用し、地面に潜る。



「消えた…?」




 恐らくこのままY軸を下に落とせば、地上に肉体が再生成される。


 やつの位置は───




「───ここだ!」




 脳天目掛けたアームハンマー攻撃が炸裂するッ!



「かはっ!」



 浅い。


 だが決着がつくには充分な威力のはずだ。



「一体どうしたのか分からんが、勝負ありだ。大人しくするんだサキュ子」


 サキュ子はのらりくらりと立っているのもやっとといった感じだ。




「シキナキ…!危ないからこっちに来て!」


「グワ、グワワー!」


 黒髪女の呼び掛けに応じ、シキナキは駆けつける。


「よーしよしよし。やっぱりわたしが1番だもんね〜! 帰ったら一等小麦のパンを食べさせてあげる!」


「グワワワー!」


 シキナキは黒髪少女に安堵しているようだ。



「へえ、よく言うじゃない、デバッグおにいさん。でもあたしの力を侮りすぎよ。東を見なさい」


「雲がキレイだな」


「へ?あれ、に、西だっけ。じゃあ西を見なさい」


「もしかしてサキュ子お前、西にある太陽が沈みかけてるから、夜になったらサキュバスのあたしの本領発揮って言いたいのか?」


「ち、ちちちちちちちちち違うに決まってるじゃない! あたしは魔族院首席よ!? そんなわけない…ないんだからぁ!」


 サキュ子は顔を真っ赤にして言い返す。


「ほんとのほんとに?」


「しつこいわね!う、うぅ…なんでよ、なんでよー!」



 逆上したサキュ子はいままで以上の猛スピードで次々に飛びかかる。



 素早い上、飛びかかっている時は透明化している為、見切るのは難しい…ように思えるが、透明化している最中は方向転換が出来ないようだ。


 その証拠に、切り返す時は必ず姿を現す。



「ふんすっ! ふんすっ!」


 右、右、次は左か。


 読める、読めるぞ。



 そしてお前はここで切り返す。



「ここだっ!」


「きゃあっ!」


 先程と同じ座標バグで空中に転移、サキュ子をうつ伏せで地面に突っ伏す。



「これで終わりだ。諦めろ」


「ふふっ、本当にそうかしら? あたしの防御力は650。さっきはビックリしたけど、今のあたしにはHPの自動回復がついているのよ。見たところ、あんたのステータスはほぼ初期値。それであたしに有効打を与えることができるかしら?」


「確かに。では、アプローチを変えるとしようか。おい、黒髪少女よ!」



「へ?わたし?」


「そうだ、お前が必要なんだ。あとディープコンパクトもな」


「は、はあ」


 すたすたと彼女らは近寄る。


「何をしても無駄よ! まだ分からないの?」


「無駄かどうかは身体に聞いてみないとなあ?」


「ちょっと、何をする気…!」


「何って、それはもうおぞましい行為だよ」


「ひぃっ!」


「あのー、わたしたちは何をすれば良いんですか?」


「あーそれだな。まずは手を出してくれ」


「こうですか?」


「あーいや、もうちょっとこっち、そうそう…あーそこらへんだな」


「ちょっと!…」

 サキュ子の目に恐れを感じる。


「そうそう…それで…ごにょごにょ…」


「なーるほど!」


「グワッ!グワッ!」


「よし、やるぞ」


「はい!」


「グワーッ!」


「こちょこちょ作戦、決行じゃい!」

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