第43話 王家の夜会の片隅で

「私は十分幸せなんですのよ?」


シルビア嬢は、パーティ会場の片隅でモンゴメリ卿に真面目に答えた。


モンゴメリ卿もシルビア嬢も、王家の舞踏会に出席すような身分ではなかったが、今夜は特別にどうしても参加して欲しいと頼まれたのだ。


ロストフ公爵と周りを取り囲む美女達の攻防に、パーティ参加者は全員釘付けで、誰もモンゴメリ卿とシルビア嬢のことなんか見て居なかった。


「本当ですか?」


何度もほのめかしてスルーされ、面と向かって申し込んでは「ご冗談を」と笑ってかわされた。

伯母が亡くなっていたことを聞いたのは、ついこの間のことだ。傷心の令嬢に付け込むような卑怯な手口は、紳士として避けるべきかもしれなかったが、そんなことはどうでもよかった。

とんでもない。付け入る絶好の機会である。


「これからバラを育て、孤児院の面倒を見て、あなたの人生はそれだけですか?」


シルビア嬢はうなずいた。


「花は美しいし、孤児には未来がありますわ」


「あなたは老いてその美貌も衰える一方だし、未来はありませんよ?」


シルビア嬢は一瞬黙った。


「人生は短い。あなたの好きなバラがなぜ咲くか知っていますか?」


「女性に向かって、老いる一方だなんて言うものじゃありませんわ」


「実をつけ、次代を残すためです」


モンゴメリ卿は完全にシルビア嬢を無視した。


「結婚だけが人生ではないのよ。実をつけない徒花もあるわ。そんな花だって一生懸命なのですわ」


シルビア嬢は明るくモンゴメリ卿に応えた。


「あなたの答えを待ち続けて、枯れ萎み、やがて死を迎える男がいるとしたら、あなたはその生き方は幸せだと言うのですか?」


一瞬、奇妙な沈黙が支配したが、シルビア嬢は明るく答えた。


「あら、いやだ。押しつけは嫌いよ。別の方と結婚すればいいと思いますわ。そんな生き方は非生産的よ」


「ほかの女性では幸せになれない。待っている方が幸せなのだ。だとしたら、あなたの意見なら、枯れ萎ませる生き方は好ましいことなのですね?」


シルビア嬢は黙った。

それから、いつもの笑いを取り戻した。


「人は人、自分は自分ですわ。どちらが幸せかなんて議論は難しすぎて……」


「ねえ、どうしてこんなつまらない話に付き合ってくれているのですか?」


シルビア嬢はハッとした。モンゴメリ卿には冷たく、わかりかねますわ、とか言ってその場を離れればいいのだ。

なぜ、彼の執拗な問いに懸命に答えをだしているのだろう。

離れようとした途端、手を掴まれた。


「まあ、いきなり手を取るだなんて……あなたの理論を一緒になって考えてしまっただけなのに」


「理論を考えているのではない。答えてください」


とぼけないでください……というか、とぼけるのにも限界がある。


彼は彼女の手に口づけした。


ようやくここまで来た。最後に言おう。そして返事をもらおう。

一緒に生きていくのだ。

心満ちた人生をこれから……


パーティの喧騒と二人の世界は、同じ場所なのに、遠くはるか彼方の隔絶した世界に思われた。




「アーサー!」


突然、汗まみれのボードヒル子爵が、恐ろしい形相で割り込んできた。


「バ、バーバラ嬢がカプリ座のダンサーの女をロストフ公爵に馴れ馴れしすぎるって、平手打ちをかまして!」


後ろからスタンリー伯爵が燕尾服をひらめかせ、先がとがったエナメルのしゃれた靴でつんのめるように走ってきた。


「怒ったダンサーが酒瓶で殴ろうと狙いを定めたんだが、バーバラ嬢がヒョイっと避けたもんで、今度はそれがロストフ公爵に命中して……」


「で?」


モンゴメリ卿とシルビア嬢は鋭く聞き返した。


「ビンが割れて破片と中身が飛び散った。十年物のボルドーが全部!」


「違う! 公爵は無事か? けが人は?」


「そっちの公爵は無事だが、年寄りの公爵が破片を浴びて、それで」


「お、王族にケガを……」


全部聞く前にシルビア嬢が全力疾走を始め、慌てふためいた三人の男は後を追った。

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