第23話 偽ヒューズ夫妻のハネムーン

ジャックは、食事のことまで考えが及んでいなかった。

むしろ、一緒に食べるつもりでいた。

だが、このホテルの部屋に着いて、食事はダメだと気がついた。


一緒に暮らすことをなめていた。


この娘は魅力的でかわいらしい。それがジャックのことを気にしながら周りをちらちら動いている。


ホテルの部屋は豪華で快適で、その非日常的な雰囲気に飲まれそうになる。現実感がなくなりそうだ。


この部屋は、誰も知らない二人きりの秘密の空間で、そこに二週間、彼女と軟禁状態になるのだ。


フレデリックは、ここへ出入りできない。


マッキントッシュ夫人すら毎日は来れないだろう。

ホテルの使用人は見ているものだ。新婚を楽しんでいるはずの夫婦のところに、しげしげと妻の母がやってくるのはおかしい。噂になるのは困る。


だから、二人きりの時間が増えるのは自明の理だった。

二人きりで一緒にいればいるほど、危険だと思った。濃厚接触者になるわけにはいかない。


困ったように見つめる海のような色の目はすまなさそうで、とても気を使って控えめに、しかし必要なことはきちんと伝えてくれるところは好感が持てた。

どうしようと、彼女の心が揺れているのがわかる。




表向きは結婚していることになっているので、仕方ないから宿帳にはヒューズ夫妻と偽名で泊まる羽目になった。


用事がある時、ホテルの使用人たちは、みんな、「ヒューズ様」と呼びかけてくる。


ジャックは最初反応しなかった。しかし、シャーロットが焦った身振りでジャックに注意した。


「お、ああ。すまなかった。ちょっとぼんやりしていた」


彼は今、フレデリック・ヒューズだった。


「お急ぎのお手紙でございます。奥様にも」


「あ、ありがとう」


シャーロットは奥様と呼ばれて、戸惑い、こっそりジャックを盗み見た。


モンゴメリ卿からの翌日のパーティの注意事項だった。



彼女はフレデリックの思い人なのだ。


もし、フレデリックのことがなければ、どうなっただろう。こんな豪奢なホテルに二人きりで泊まっているだなんて。


ジャックは頭を抱えた。出来るだけ接触を減らすほかないのだ。だが……


「シャーロット嬢、ちょっとこの手紙は読んでおいて。明日のパーティ予定なんだが、時間が細かく決められているようなので……」


豪華なソファに掛けたまま、ジャックが手紙の中身をシャーロットに指し示すと、簡単な夏のドレスを身に纏ったシャーロットがそばに寄ってきた。


「どうぞ、掛けて」


女性を立たせたままにしておくことは出来ない。


シャーロットは静かに少し間を空けてジャックの横に座る。衣擦れの音とシャーロットが身に着けているかすかな香水の匂いが漂う。


「ジャック様、これですと、何時ごろにパーティに行った方がいいのでしょうか」


「あまり長居をしたくない。新婚らしくないとぼろが出ないとも限らないので」


「新婚らしく……ですか?」


シャーロット嬢が真面目な顔をしてジャックを見つめた。


「新婚らしくとは、どんな感じになるのでしょうか」


真面目そうなブルーグリーンの目がジャックを一生懸命眺める。彼女は首をかしげていた。


「それは……」


ジャックは、一瞬、どう説明したらいいか目を泳がせた。


「……それより、明日来ていくドレスを後で教えて欲しい。僕の服をそれに合わせるから」


パーティには新婚夫婦として出るのだ。


「夫と妻がちぐはぐな格好をしていたらおかしいだろう?」

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