第47話 力づくの求婚事件

モンゴメリ卿は後ろ手でドアを閉めると鍵をかけた。


そして、シルビア嬢の目を見据えたまま、つかつかとそばへ歩いて行った。



本人は、しれっとお茶を飲んでいる。


「どうして、わかってくれない?」


シルビア嬢は視線をモンゴメリ卿に向けた。そして優しく微笑んだ。


「何をでございますか?」


何回、この微笑みでごまかされたことか。知っていても、わかり切ったことでも、彼女はシラを切り通す。

そして、モンゴメリ卿の真剣な気持ちを冷酷にもないものとして扱った。


「結婚して欲しいと何回も伝えた」


「そうでしたかしら」


モンゴメリ卿は睨んだ。忘れているはずがないではないか。何回も伝えているのに。


「あなたなんか、大嫌いだ」


「あら、この間まで、好きだと言ってらしたのに。でも、ジャック・パーシヴァル様と何もないことだけは、理解してくださってますよね?」


「わかっていても腹が立つ。追い込まれるんだ」


「ご心配はいりませんわ。でも、そんなふうに怒ってらっしゃるなら、帰らせていただいた方がよろしいかと」


「なんて嫌な、素直じゃない女なんだ」


モンゴメリ卿は言った。シルビア・ハミルトン嬢は魅惑的な灰色の目を大きく見張った。


「帰るだなんて言いだすなんて。シルビア、私のことをそこまでお嫌いですか?」


「あら、大好きですわ」


「では、問題ないな」


モンゴメリ卿は手をつかんだ。


「あ、問題あります!」


それはかなり焦った声だった。やっと、シルビア嬢の焦った声を聴くことが出来た。

そこで、もう片方の手で腰に触れた。

間に四人分の茶菓のセットを載せたテーブルがあって邪魔をしていたのだ。

灰色の目がもう、どうしたらいいのかわからなくて焦っていた。

シルビア・ハミルトン嬢の本気で焦った様子を見たのは初めてだった。


「鍵は掛けたし、ここは私の家。抵抗しても勝てない」


こうなったら、力技だ。絶対にシルビア嬢は自分を訴えたり、官憲に告発したりしない。そんなスキャンダルを起こしたりする人じゃない。


男と二人きりになったのは、本来ならいるはずの二人の客人が事情で出て行ってしまったからだ。

似たような事情でだが。


「モンゴメリ卿、あなたはそんなことはなさらない。今まで、一度だって、どこの女性にも無理強いした事はないと、紳士だと認められているお方……」


「どうでも良かったから」


「え?」


「どうでも良い人ばかりだった。あなたとは違う」


それは逆じゃないのかとシルビア嬢は思った。


「ほかに方法がないなら」


「嫌がる女性を……」


「嫌がっていない。それは知ってる」


「そんなことありません!」


「だから、素直じゃないと言っている」


モンゴメリ卿は、茶器が満載された危険なテーブルを膝で乗り越えて、ハミルトン嬢のいる反対側のソファに着地した。まるで若い男のようだった。


手首をつかんだまま、ソファの上に体重でのしかかるとキスした。


「何をなさるの……痛い」


唇が離れるまでに、どんどん熱が上がって行って、同時に仮面も剥がれ落ちていく。

ずっとにこにこしていたシルビア嬢の口がゆがみ、目が潤んでいく。


「言ったでしょう、あなたを……」


モンゴメリ卿が女性の服の構造を熟知していることが招いたスムーズな展開だった。





涙目になってシルビア嬢は言った。


「いつかはお応えする日が来るかもと思っていたのに、こんなことで踏みにじるとは……」


「それを待っていたら、私の命が終わってしまう」


器用に下着の紐を結び直しながら、モンゴメリ卿は答えた。もう、すっかり暗くなっていた。


「待ってられないし、ジャックに向かって笑ってた」


「笑っていた?」


「許せない」


シルビア嬢は呆れて言った。


「そんなことで……ひどいわ」


「そんなに痛かったですか?」


「……ひどいわ」


「酷くない。なんだったら、もう一度」


「いえ、結構です」


真剣にシルビア嬢が焦っているのが嬉しかった。


「一度はあやまり。偶然。でも、二度目三度目と重ねていく心は真実」


シルビア嬢は途方に暮れた。


「では、今日はあやまりですか? ひどいわ」


「あやまりにしない方法がある。知りたいですか? 真実をお見せしたい」


「あ、いえ、結構ですわ」


卿はシルビア嬢の手をもう一度取った。


「やめて。お願い」


「逃げられたくない」


モンゴメリ卿は、真剣な目つきで彼女に迫った。


「あなたなんか、全然信用できない」


モンゴメリ卿は宣言した。


「嘘しか言わない」


それは本当だった。シルビア嬢は、彼女自身の心の中だけはいつも正直に言わない。


「寂しくないとか、満足してるとか。正直に言うなら許してあげる」


シルビア嬢の赤くまだらになった顔が不満そうに顎を上げた。


「許すなんて。なんだか嫌だわ」


「じゃあ、仕方ない。もう一度。これで真実になる」


嬉しそうに手が伸びてきて、その手をシルビア嬢ははたいたが、なんの効果もなかった。


「結婚に承諾を与えてください」


「愛人関係はダメ?」


「何、馬鹿なこと言ってるんですか? 女から愛人関係を求めるなんて! それだと私になんの権利もないじゃないですか! あなたを閉じ込めたり、男に笑いかけたらお仕置きしたり」


「だから、嫌なのよね……」


ボソっと、シルビア嬢が言った。


「そのかわり、私が浮気したら、浮気相手のところに怒鳴り込んでも、切り付けても、私の体にお仕置きをしてもいいですよ。むしろして欲しいくらいです」


「お仕置き目当てで、浮気する男はちょっと……変な趣味でもあるのですか?」


それから、シルビア嬢は、しらっと笑って見せた。


「モンゴメリ卿、忘れてますわ。あなた、私がもしその気になったら、そんな物理的なお仕置きなんかするはずないってこと」


モンゴメリ卿ははっとして我に返った。


シルビア嬢は、モンゴメリ卿の手に負える逸材ではなかった。


もし、彼女がお仕置きとやらを思いついたら、それは物理ではないだろう。そして実行したら、彼が思いつくような範囲は軽く超えた何かだろう。気が付いたら奇想天外なとんでもない羽目に陥っているかもしれなかった。


「勝てるのは、あなたへの想いだけか」


「それはわかりませんことよ?」


とても婉曲な承諾。モンゴメリ卿はじわじわと意味を理解した。


そして、やっと彼女の細い指先が細かく震えていることに気が付いた。


「結婚してくれますね?!」


シルビア嬢は、微笑んだ。


「今頃、ジャックも必死になって懇願してると思うわ。オーケーしてもらえるかしらね」

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