第19話 ウワサ

シャーロットは、自分の部屋に戻ると、枕を抱きしめた。


思い出してもドキドキする。


肩に置かれた手の重み。

耳元で響いた言葉。

「婚約者は、私です」


落ち着いた口調は、その場を圧倒した。


そして、あっという間にシャーロットを絶体絶命の危機から救ったのだ。


カッコいい。ステキすぎる。

『婚約者は私です』

言って欲しい言葉ベストテンに入るような気がする。



「でもね、お嬢様、それ、フレデリック様のためのセリフですから」


ヒルダが水を差した。


シャーロットは、ギリっとヒルダを睨んだ。


「わかってるわ!」


「まあ、でも、本当によかったですわ。あんな恐ろしい血で血を洗う政争ばかりの国に連れ去られるだなんて、たまったものではごさいません。ジャック様には感謝しかありませんわ」


ジェンが涙を流さんばかりに言った。



もちろん、話が理解できると、マッキントッシュ家はヒューズ家よりもジャックに謝意を表した。

とっさの機転で娘を救ってくれたのだ。

感謝以外ない。


動機が友人のフレドリックを助けるためだったとしても、結果として、シャーロットを助けてくれたことに変わりはない。


婚約者なのだから(偽だけど)どんなにマッキントッシュ家に出入りしてもらっても構わないので、感謝の言葉をぜひ伝えたいと何回も招待したが、ジャックは断ってきた。

フレデリックのためにやったことなので、と素気ない返事だった。


「フレデリックに気兼ねしてるんでしょうか」


マッキントッシュ夫人は夫に尋ねた。


「そうかもな。ロストフ公爵は夜の街が気に入ったらしくて、毎晩出歩いてるらしいな。気に入った女数人を国に連れて行こうと頑張ってるそうだ」


「一体、何人連れて行くつもりなのかしら? シャーロットをそんな女たちと一緒にされては困ります。どうしたらいいのかしら」



まずいことに、この話は町中で噂になっていた。


カーラは風の噂でシャーロットが、ロストフ公爵の愛人に求められていることを知った。


「へえー。愛人になるの」


結婚していても、愛人を作ったり、愛人になることはよくある。


「でも、一生、正夫人になれないのね。しかも皇帝の親族の公爵家なんて、相手の身分が高すぎて、いつ捨てられるかわからないわよね」


カーラは友達のお茶会で、なにか満足そうな表情でそう言った。


カーラはもちろん貴族ではなかったし、さほど裕福なわけでもなかったから友達も似たようなものだったが、この噂は街をあっという間に席巻し、どこの階層のお茶会でも格好の話題になっていた。


「あなたの従姉妹じゃないの? 一緒にダンスパーティに行ったって言ったたじゃない」


「そうだけど。でも、彼女、誰にも相手にされなかったのよ。私ばっかり踊ることになっちゃって。かわいそうなくらいだったわ」


カーラはぐっと得意げに語った。お茶会の席の友人はうんざりした。また、その話か。


「それ、ほんとなの?」


嘘ではない。事実だ。


「そうなのよー。一人でポツンとしていて。気の毒よね。ウフフ」


「でも、すごい美人だそうじゃないの。それで、公爵が一目惚れしたって」


カーラはぐっと詰まった。


始末の悪いことに、シャーロットは美人さんで有名になってしまったのである。


「マッキントッシュ家が金持ちだから、公爵も気になっただけよ」


誰も信じなかった。ロストフ公爵は大変な金持ちで、カネをばらまくことで知られていた。マッキントッシュ家の金なんか問題にならない筈だった。


シャーロット嬢が気に入られたとしたら、美貌のせいだろう。デビュー当日に結婚を申し込まれ、女を見る目が高いことで有名なあのモンゴメリ卿の庇護を受けているのである。


「モンゴメリ卿なら、私にもダンスを申し込んでくれたわ!」


カーラは得意そうに髪を後ろに振りやり言った。


友達3人は、疑いの目つきから、一挙にうらやましそうな目つきに変わった。


「いいわねー。じゃあ、モンゴメリ卿のパーティーにも参加できたの? イケメン揃いだって言う?」


カーラはちょっと黙ってしまった。しかし彼女は言った。


「私は行かなかったけど、行かなくてよかったと思うの。だって、そのパーティでシャーロットはロストフ公爵に捕まっちゃったんですもの」


同じ席に着いていた女友達三人は顔を見合わせた。彼女たちは、カーラをよく知っていたので、話を正確に理解した。


つまり、カーラは招かれなかったから行けなかったし、行ったところでロストフ公爵に見染められるようなことにはならなかったろう。


「でも、異国の公爵に見染められるだなんて、それはロマンチックなのかもしれないわね?」


「贅沢三昧かも知れないわ。何人もの侍女を従えて歩くのよ、きっと」


「公爵は若くて金髪のイケメンらしいわよ」


娘たちは紅茶のカップが冷めていくのも気にせずにいろいろと考え始めた。


今の暮らしより、ましかもしれなかった。


だが、生憎、彼女たちの家格では、どうあがいても公爵と偶然の出会いすら望めなかった。

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