君は友人の婚約者で、どういう訳か僕の妻
buchi
第1話 結婚してください
シャーロット・マッキントッシュにとって、今日は待ちに待ったデビューの初日。
彼女は、とても美人だった。
くるくる巻いたダークブロンドの髪と澄んだ青緑の不思議な色合いの目の持ち主で、つい、その目をのぞき込みたくなる。
だからこそ母のマッキントッシュ夫人も玉の輿を願ったのである。どこかの高貴の令息が娘を見染めてくれないかと。
デビューに力が入るのもうなずける。
しかし、まさか、お披露目初日で、早くも立候補者が名乗りを上げてくるとは想像していなかった。
ベン・ヒューズは昔からシャーロットの父ジョンの知り合いで、バーミンで鉄鋼所を経営していた。父親同士の縁で、今日は末息子のフレデリックを連れての参加だった。
「妻は少々体調を崩していてね。本来なら、家族で参加したかったのだが」
端正な顔立ちのフレデリックは、背が高いので身をかがめて、若い令嬢の顔をのぞき込んだ。
「なんて美しい方なのか」
すぐ横にいたベンとジョンの二人の中年の紳士は、ビクッとした。
フレデリックの感動したような口調に、何か不穏な空気を感じ取ったのである。
男同士なら、快活で誠実なフレデリックは誰からも好かれていたが、その整った顔立ちにもかかわらず、未だに結婚から遠かった。
一説には、残念な正直者と呼ばれていた。悪意などカケラもないのだが、女性には思ったままをつい言ってしまう。
「結婚してください」
「は……?」
マッキントッシュ夫妻もヒューズ氏も、シャーロット本人も、フレデリックの声が届く範囲にいた全員がドン引きした。
そして押し黙った。
不肖フレデリックのどこか熱のこもった声だけが響く。
「まだ、婚約は決まっていませんよね? 今日がデビューですしね。結婚できますね!」
パーティ会場全員が二人を見つめた。結婚は先着順ではない。
何か言わなくてはいけない。フレデリックの熱のこもった瞳を目の前にしてシャーロットは猛烈に焦った。このシチュエーションは想定外である。
「え……と、今日、初めてお目にかかったばかりで……」
「これから知り合いになればよいのです。父同士も知り合いで、あなたのことは聞いていました。昔から親密だったような気がします」
「ええと、あの……」
親密な過去は気のせい、事実無根だし、婚約してから知り合いになっても手遅れだし、そもそも嫌ですとはっきり言えないシャーロットと、ストレートに求婚するフレデリックの相性は良いと言えるのだろうか。
「一目惚れです」
フレデリックは言い切って、惚れ惚れしたような表情でシャーロットを見つめた。
参加したほかの令嬢たちは、この成り行きを固唾をのんで見守った。
いきなりの公開プロポーズである。
うっかり、真剣になって見つめてしまった。なんと言っても、二人は絵になる美貌だった。
だが、冷静になると、面白い見ものだが、なんだか腹が立ってきた。
デビュー初日から、こんなに簡単にプロポーズされるなんて、納得できない。
今日の主役はシャーロットだが、彼女たちだって、ここへは縁談を探しに来ているのだ。
そしてフレデリックはイケメンで金持ちと言うなかなかの優良物件だった。それに何より、残念な正直者などと揶揄されてはいたが、裏を返せば誠実で浮気の心配が全くなさそうなわけで、それは高ポイントだった。
「いきなりこれはちょっと……どうかと思うわ」
最初の驚きから立ち直った彼女たちは、こそこそとささやき交わし始めた。
「でも、フレデリック様は末息子で、お父様の事業はお兄様がもう継いでらっしゃるわ。実家はお金持ちかも知れないけど、本人の資産はないから、これは、マッキントッシュ家の財産を狙ったのかもしれないわよ」
「断れないように仕組んだ計画的犯行って事?」
「別にシャーロットに特に惚れ込んだわけじゃないってことね!」
一人がそうささやくと、ほかの令嬢たちはうなずき合って納得した。
「そう考えると、ちょっとかわいそうねえ、シャーロット」
「せっかくはりきってデビューしたのに、こうもあっさり婚約者が決まってしまったら、この後、誰にも相手にしてもらえないかも知れないわ」
「それは、かわいそうよねえ」
未だ、誰からも申し込みのない彼女たちは「シャーロットってば、気の毒な人ねえ」とうなずき合った。
一方、マッキントッシュ夫人は恐慌状態になった。
彼女の「玉の輿・大物婿獲得計画」が、初日にして頓挫の危機に陥ったからである。
「ヒューズ家は昔から付き合いのあるお宅ですわ。断りにくい。フレデリックが本気だったら、どうしましょう。シャーロットがかわいそう……」
「かわいそうって……ヒューズ家に失礼だな」
さすがに夫はむっとしたが、夫人は本気で怒っていた。
彼女は、今も昔も美人で、散々もてはやされてきた。自分よりも美人かも知れないシャーロットには期待もしていたし、デビューして楽しい思いをして欲しいと切望していた。
初日にして、婚約者が決まってしまったんじゃ、面白くもなんともない。それも、割と一方的な求婚だ。
彼女はシャーロットに檄を飛ばした。
「明日は、市役所の慈善舞踏会に行くのよ。そして、誰でもいいから男をつかまえてらっしゃい」
「どうやって?」
驚くシャーロットに母は詰め寄った。
「他からもお申込みいただかないと! 押し切られて、ヒューズ家なんかと結婚してもいいの?」
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