第6話 黒崎リサ

 俺はリンに連れられ地元の水族館に来ていた。気温は今年最高を記録しており、風ひとつ無い地獄のような気候であった。


「…騙したな。」

「あは。私が先輩のお家に向かってる時はとっても涼しかったんですよ? 全然陽にも当たりませんでしたし、1280円払うだけで何故か歩きもせずに先輩の家についたんです」

「タクシーじゃねぇか!」


天気が良いということもあり、水族館を訪れる家族やカップルも比較的多く感じた。そのため、入場チケットを買うだけでも1時間近くも並ぶことになった。


 やっとの思いで館内に入れた俺たちは、まずは小さな魚が展示されているブースに足を運んだ。


「先輩みてください! ニモですよニモ」

「クマノミかぁ。けっこう小さくて可愛いんだな」


彼女は子供のようにはしゃぎ水槽から水槽へと飛びつくように移動していた。俺はそれについていくので精一杯であった。


「先輩遅いですよ!」

「君が速すぎるんだよ…」


これだとデートというより、娘に連れ回される父親だ。


 俺は人混みの隙間を縫うように進んでいったリンと遂にはぐれてしまった。こういった場合は変に動かずにどこかでじっとしていた方がいいだろうと思い、館内の休憩所に入った。トイレの隣に位置しているこの休憩所では俺と同じように子守に疲れた親達がぐったりとしていた。彼らは子供がトイレから帰還すればまた人混みの中に駆り出されるのだ。


「(頑張ってくれ、みんな…)」


俺は再び戦場へ赴く戦士達に心の中で敬礼をした。するとそのとき、何者かが俺の右肩をトントンと叩く。俺も再びあの戦場に駆り出されるのだろうと覚悟し、振り向く。


「まったく、子供じゃ無いんだからはぐれたりするな…よ、ってあれ?」


振り向いたその先には、高校からの同級生である黒崎くろさきリサの姿があった。少し赤が入った明るい色のロングの髪で、ヒールを履いている彼女の身長は俺と同じくらいだった。


「蒼井くん、どうしてここに?」

「黒崎こそ、なんで?」

「ちょっと、質問に質問で返さないでよ。」


黒崎はジッと俺を睨みつける。


「あ、いや、後輩とちょっとね…」

「へぇ。女の子?」

「あぁ、まぁ」


黒崎はふーんと言い、俺を睨み続ける。高校の時から彼女は俺に厳しい。それは元を辿れば、高校時代に俺が生徒会副会長で黒崎が会長だったということが原因だろう。成り行きで他人に言われるがままにその席に着いた俺と、自分の意思で選んできた黒崎とでは熱の入り方が違っていた。俺が「面倒だ」と口にするたびに彼女は今と同じように睨んできた。


「でも、その子とはぐれちゃってさ。変に動くよりかは、一箇所でじっとしていた方が良いと思ってここにいるわけ」

「探してあげなさいよ。あなたは相変わらず受動的な人ね」

「えぇ、でももう体力の限界だしなぁ」

「じゃあ、私も手伝うよ。探すの」


俺の返答も待たずに黒崎は俺の手を引き、歩き出す。



 そうして、しばらく館内を歩いたが結局リンは見つからなかった。俺と黒崎も歩き疲れて、出口にある売店前のベンチに座る。


「そういえば、黒崎はどうしてこの水族館にいるの?」

「…」

「無視はひどくない?」


彼女にも聞かれたく無い事情もあるのだろう。これ以上は深追いしないでおこう。しかし、他人に言えない事情って一体…? するとそのとき、よく通る渋い低い声が彼女の名を呼ぶ。


「リサ! 探したよ! …ん? なんだ、その男は?」


彼女はビクッと身を震わせ、ゆっくりと声のする方へ顔を向けていた。彼女の視線の先には、ビジネスカジュアルな服装の50代くらいのオジさまがいた。

そして彼女は小さな声で呟いた。


「パパ…」


パ、パパパパ、パ、パパ?!パ、パパ、パパ活だ!!!!それが彼女の他人には言えない事情か!

彼女の発言に驚いていると、追い討ちをかけるように俺の背後からリンが現れる。


「先輩! 探しましたよ! もう、良い歳して迷子なんて勘弁してくださいよ…って、誰です? そちらの女性は?」


リンは敵意丸出しの表情で黒崎を見る。


なんだ、この状況…。俺は頭が真っ白になった。

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