第14話 死にたがり屋

「ポーカーはいつだって、死にたがり屋なんだ」


 赤段なぎの口をついて出てきたのは、そんな言葉だった。


「俺たちは食物連鎖の頂点にして、停滞と風化の象徴。人類の憧れにして、神々が呪った存在」


 何を言っているんだ。もっと分かりやすくならないか。


「つまりだな、俺たちは死ねないんだ。だから死にたいと願ってる」


 ポーカーの様子を見る限り、人間よりも遥かに丈夫だとは思っていたけど。まさか不死とは。


「死ねないと、死にたいと思うのか?」


「無い物ねだりってヤツだ。手に入らないものほど欲しくなるだろ? それが俺たちの場合、特大スケールだったってだけなんだよ。……質問は?」

「ありまくりだよ」


 するとなぎは、袖から伸びた銀の液体を一瞬で指示棒の形に変えて、僕を差す。このポーカー、ノリが良い。


「言ってみんしゃい」


 一度辺りを見渡した。彼女ポーカーがいないか、確かめてから口を開く。


「ポーカー……羽衣原ゆいの先代はもういないんだろ? それは、その……死んだってこと……じゃないのか?」


 ポーカーの沈んだ顔が目に浮かんだ。広い雪原に、たった独り残されるような寂しさ。理解しているからこそ、為すすべがないからこそ、ポーカーは苦しくてたまらないんだ。僕にはそう思えた。


「良い質問だな。答えてやろう」


 そう言ってなぎは中腰になり、暖炉の炭をいじり始める。


「あの人は、契約を交わしたんだ。羽衣原ゆいとな」

「契約……?」


 僕はなぎの隣にしゃがみ込み、手のひらを炎にかざす。


「裏技みたいなもんだ。万一にポーカーが死ぬための、な」

「はあ」


 炎は話を他所に、ゆらゆら絶えず揺らめいている。その向こうには、陽炎が立っていた。


「昔、っつーポーカーがいたんだ」

「そいつは俺の上司みたいなもんでさ。各地を連れまわされて大変だったんだぜ?ま、地方ごとの風に当たるのは好きなんだがな……って聞いてんのか?」


 はっ……! 陽炎を眺めていたらつい眠たくなってしまった……。


「要点だけ言うと、その那々糸ってヤツは、ポーカーの力をゆいに与えて死んだんだ…………お前寝てんのか……? ばったり倒れてんじゃねーか」

「ごめんごめぇん……ふああああ」


 こんなに遅くまで起きたのはいつ以来だろうか。随分と早寝遅起きを実行してきたから、身体が安らぎを求めてるんだ。


「はあ……そろそろ限界か。じゃあしゃあない、これで最後だ」


 しゃがみ込んだなぎは、ひょいと僕の腕を引っ張った。彼はなんの労力も要していない。梃子でも使っているのかってぐらい、軽々と僕を起こしてしまった。

彼は僕の腕をガシッと掴んだ。突然の出来事に戸惑うも、鷲の脚のように強く押さえられ、抵抗もできない。目は大きく見開かれ、その覇気に気おされる。いつだったかポーカーを死神と例えたことがあったが、今の彼は獣だ。か弱い男を襲う、凶暴な悪魔だ。


「お前、感度が高いんだな?」







「何やってんの……? なぎ」

「あ」


 ほぼ同時だった。

 どろりと煮詰まった少女ポーカーの息吹が空気を覆うのと、異変に気づいた青年なぎの情けない一文字が落ちたのは。


「——ねえ。るいを攫って、何をするつもりだったの……?」

「え、いや。これは、その……」

「——ねえ。唇と唇を近づけて、何をしていたの?」

「誤解だ! 俺はただ、この人間の感度をだな……」

「問答無用! 覚悟お!!」

「ぎゃあああああああああああああ!!!」


 なぎに巻き付いた銀の鞭は、宙を舞って叩きつけられる。高速で部屋を上下するなぎの残像が見える。ポーカーが死なないからこその制裁なのだろう。鬼嫁とその尻に敷かれた旦那って、こういうのを言うんだな。

 僕はと言うと、なぎからされた、その……にショックを隠せなかった。




僕の初めて……奪われた……。

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