分母を制する者は、感染症の全貌を掌握する
さて、パンデミックの初期段階は過ぎたとしましょう。完全に安定した手法ではなくとも、ある程度感染者数も死亡者数も報告されるようになりました。
これならば正確な致死率を計算できるに違いない!
はい、残念でした。
問題はまだ山積みです。
取り敢えず、分母である感染者数から取り掛かってみましょう。
いきなりですが、問題です。
分母となるウィルスの感染者数は下記のうち、どれを使いますか?
A 検査の結果ウィルス感染が確認された総数。
B 疑わしい症状が見られた推定感染者の総数。
C 真の感染者の総数。
理想を述べるのであれば、Cの感染者の総数です。感染した全ての人を分母に据えることで、重症化し、死に至る割合が正確に把握できるからです。
因みにネット記事などで計算されている致死率が良く使うのは、Aの確認された感染者数です。
では分母の選択がどう致死率に影響してくるのかを、H1N1で見ていきましょう。
運が良いことにH1N1の致死率を計算した五十以上の論文をまとめたものがあります[7]。それによりますと、検査によって確認された感染者(選択肢A)を基準に計算された致死率は最も高く、大半の論文では十万件に対し、死者は100人から5,000人とされています[7]。
対して、疑わしい症状が見られた患者(選択肢B)を基準とした致死率は検査で確認された死亡率より低く、十万件に対し、大体5人から50人[8]。
更に推測される全感染者(選択肢C)では致死率は十万件に1人から10人ほどとされています[8]。
分かり易いように確率に直してみましょう。
A 検査でH1N1が確認された感染者の致死率:
0.1%から5%
B H1N1らしき症状がでた患者の致死率:
0.005%から0.05%
C 推測されているH1N1感染者全員の中での致死率:
0.001%から0.01%
見ての通り分母の選択により、致死率は変わってしまいます。元の目的がウィルスに感染した際の死亡リスクならば、感染の全規模を把握する必要があります。
つまり分母を正確に知るということは、それすなわち感染症の全貌を掌握すること。
なんだか悪の科学者たちの憧れの的となりそうな台詞ですな。
「分母を知った俺はウィルスの真の姿をこの手の内に収めたも同じ。この力をもって俺は世界を征服する!」
この台詞を言い放った彼には是非とも新型コロナウィルスの正確な致死率の究明に勤しんでいただきたいものです。
話を戻しましょう。
感染者の総数はウィルスの危険度を理解するには最も適している分母ということです。
ですが同時に三択の中で最も把握が難しいものでもあります。
どれくらい難しいかといいますと、ウィルスの致死率が大きく変動するパンデミックの最初では基本的に敬遠されるほどです。その証拠に二〇〇九年のH1N1の際、感染者の総数を測ろうとした論文は大流行から一年間は発表されていません[8]。
ですが今回の新型コロナウィルスはあまりに感染拡大が速く、流行から一年も経っていない二〇二〇年九月でも感染症の実態に迫ろうという努力が見られます。
そこから見えてきた一つの懸念は、実際新型コロナウィルスは検査で引っ掛からない感染者が多くいるのではないかということでした。
それも検査精度云々以前の問題、無症状や軽症の新型コロナウィルスの感染者の存在です。
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