閑話 宿屋の看板娘シェリーは見守る

 シェリー視点です。

 今回のエピソードは本編の第二章 第六話『チートの有効活用を考える』と同じ時系列です。



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 数か月前からうちの宿屋で預かっているチヨ。


 私より九歳も年上だと聞いたときには驚いたけれど、やっぱり私としては妹のようにしか思えない。あの子はどうにも危なっかしくて目が離せないところがあるから。


 ツヤツヤと輝く黒髪黒目を持ち、小柄だけどパワフルで、おじいちゃんと同じように遠い世界からやってきた女の子。いつも前向きで、新しいことをどんどん学んで身に着けていくたくましさがある。


 なぜか本人は「自分は冷静で図太く、地味で人付き合いが苦手」だと思っているようなんだけど、あの子は本当に自分を分かっていないと思う。


 確かに意外と大人なだけあって、冷静な部分はあると思う。知らないことはまずしっかり調べてから挑戦するし、よく周りを観察して動いている。宿屋の仕事も最初からそつなくこなしていた。


 言葉がまだ上手じゃなかった頃にも、ジェスチャーや絵本を使って積極的に会話をしようとする姿があるからこそ、私たち家族も、宿のお客さんたちもすぐにチヨを受け入れられた。私もそうだけど、なぜかあの子のことは不思議と応援してあげたくなってしまうのだ。


 本人は人付き合いに苦手意識があるらしいからこそ気を付けているのかもしれないけれど、宿屋や食堂のお客さんたちともちょうど良い距離感で接していると思う。



 ただ、チヨはせっかくの自分の魅力というものをまったく理解していない。残念だわ…


 まず、あの綺麗な黒髪黒目。チヨには何度も説明したし、本人もこの国で黒髪黒目が珍しいというのは理解しているようだけど、周囲はチヨが考えているよりもずっとあの色に惹かれる。


 黒髪は遠い国の一部の民族出身者に多い特徴で、彼らはあまり他の民族と交流を持たないため、ミステリアスな印象がある。さらに黒目というのはこの世界全体でも非常に珍しいから、私はこれまでチヨ以外では見たことがない。


 ただでさえ珍しい黒髪と黒目なのに、好奇心旺盛なチヨがちょこまかと動き回るたびにサラりと黒髪がなびき、知らないことを質問する瞳はキラりと輝く。それがこの国の人にとってどれほど魅力的に映るのか、あの子は分かっていない。


 常連客のおじさま方なんて、チヨがキラキラとした目で見上げたら、デレデレな顔で何でも教えてくれるし、顔馴染みになった公園でのストリートライブのお客さんから、八百屋のおじさんや肉屋のおかみさん、近所の子どもたちやお年寄りまで、今やみんなチヨが大好きになっている。


 おまけに、最近ではチヨと親しくなりたくて食堂に通っている若いお客さんも増えてきた。そういう人はすぐに分かるので、いつもさりげなくチヨのいるところから遠い席や、お父さんや私の目の届く席に誘導している。


 肝心のチヨはというと…


「ねえねえシェリー、今日またあのお兄さん来てたね。あの人絶対シェリー目当てだよ~!」


「……そ、そう…ね?」


 …鈍い。清々しいほどに。


 それでいて本人は「私そういうのすぐ気づくほうだから!」と豪語していて私にお節介を焼こうとするあたりタチが悪い。あれで本当に今年三十歳になるんだろうか。

 異世界の人って歳の取り方がゆっくりなのかしら…?いや、でもおじいちゃんは別に若くは見られないしなあ…



 そんな残念なところはさておき、チヨの周りには自然と人が集まる。


 歌声の魅力も大きいけれど、それはあの子自身が持つ魅力によるものだと思う。


「シェリー、チヨちゃんは元気?」


「ええ、今日も元気に子どもたちのお世話に行ってるわよ」


 市場で牛肉サンドの屋台を開いている幼馴染のマルクも、チヨに魅了されたひとりだ。なんでも、チヨが初めてストリートライブをした日に牛肉サンドを買いに来たのがきっかけで知り合いになったらしい。


 …マルクの方が私より先にチヨに出会っていたと聞いたとき、なんとなく面白くない気持ちになってしまったことは悔しいのでふたりには伝えてないけど。


 チヨはマルクに最初に出会った日にサンドの具材をサービスしてもらったことがものすごく嬉しかったそうで、それ以来たまにマルクの店に顔を出してはいちばん高いチーズ牛肉サンドを買っている。

 なんでも、本当にお腹が空いていたときにご馳走になった分、少しでも売り上げに貢献したいんだって。


 …うちの食堂に先に来てくれていたら、もっとお腹いっぱい食べさせてあげたのに!なんてついつい大人げなく思ってしまったりもする。



 チヨが屋台に来るたびに話をしているので、今ではマルクもだいぶ仲良くなったようだ。


「チヨちゃん、眼鏡をやめて可愛くなったよね」


「ええ、そうね。試しに外してみたら意外と眼鏡がなくても大丈夫だったんだって」



「あ、それにあの子、最近急に言葉が上手になったよね」


「…ええ、そうね。子どもたちの相手やうちの宿での接客をしているうちに上達したみたいよ」



 マルクの言葉に思わずぎくりとする。


 チヨ、あなたはバレてないと思ってるみたいだけど、これが自然な反応なのよ…

 脳内で思わずチヨにツッコミを入れてしまう。



 チヨには、不思議な力がある。本人は隠せていると思っているようだけど、親しい者なら気付かないはずがない。


 眼鏡をやめたことは、まあ裸眼で大丈夫な人も多いんだし、そこまで不自然とも言えなくもなかったけれど、問題は言葉の方だった。ある日突然、チヨの言葉が流暢になったのだ。


 チヨ自身は敢えて難しい単語を使わず、これまでと同じように喋っていると思っているのかもしれないけど、全体的な発音の不自然さがなくなり、急に滑らかに話すようになったのだから、それこそ逆に不自然だった。


 おじいちゃんも両親も、もちろん私も、チヨのその変化にはすぐに気付いた。ストフさんのお宅でベビーシッターをするようになってからしばらく経った頃のことだった。


「あらあら、チヨちゃん。随分言葉が上手になったわねえ」


「はい、ノエラさん!お客さんと喋ったり、ストフさんちで子どもたちと遊んだりしているうちに少し上達したと思います」


 お母さんの言葉に、チヨは嬉しそうににこにこと笑ってそう答えた。



「…ねえ、お父さん、お母さん。チヨの喋り方、どう思う?」


「そうねえ。あれがチヨちゃんの力なのかもしれないわねえ」


「まあそうだな。いずれは上手くなっただろうし、不便もなくなって良いだろう。若いからすぐに覚えられたってことにしておけば良いさ」


 こっそり両親に聞いてみたけどそんなのんきな反応で、私たち家族はそれ以上は敢えて聞かないことにした。


 おじいちゃんがこの世界に来てから、おばあちゃんの実家の農家では不思議と毎年天候に恵まれ、他の街や村で大規模な干ばつや飢饉が発生しても、おばあちゃんちでは食べ物には困らなかったという。


 我が家ではそれが「おじいちゃんの特別な力なんだろう」ということで自然と受け入れられてきたので、このときはチヨにも同じようなちょっと不思議な力があるんだろうなと理解することにした。


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