第24話 繋がる音

嘔吐と食欲不振だけ伝え、点滴は断り、胃腸薬だけ貰い帰路につく。

休日特別診療所ではないものの、混み合っていた為家に着くと夕飯時を過ぎていた。

しっかりと栄養をとるようにと念を押されたのでウィダーインゼリーを片手で吸い込む。


桐谷さんは先程用事があると言っていたので迷惑かと思ったが、ひとまず連絡を入れた。

『黒崎です。診察が終わり家に着きました。大きな問題はなさそうなのでご安心ください』

すぐさま返信が来た。どうやら彼女の用事も終わったのだろうか。

『病院に行ってくれて、そして大きな問題もなくて本当によかったです…安心しました』

猫がプンプン怒っているスタンプが来た後に返信は続く。

『我々ひとり暮らしの人間にとって健康管理は一番大事ですよ!それに…何かしてあげたくても隣人同士、できる事が限られます』

言葉にできなかった。なんて返信すればいいんだろう。

優しい言葉への嬉しさと軽々しく期待させるような言葉への苛立ちを隠せなかった。

『大丈夫ですよ』

僕もだなんて、じゃあもっと親密に、助け合いましょう…そう答えればいいのにそれができなかった。

これが面と向かっていたのなら、そう言えただろう。


ふいに聞き慣れない着信音が鳴る。

ラインの通話着信音だった。表示名は…麻梨。

途切れる事の無い電話に恐る恐る出る。


「あっ…黒崎さん、出てくれた…」

「桐谷さんどうかしましたか?」

「いえ…文面だけでは黒崎さんの気持ちが見えてこなかったので…」

「何かご心配おかけしましたか?」

「心配…心配だらけです!!!」

大きな声に耳がキーンとなる。

「今日だって、凄く体調が悪そうなのにご自分で買い物に行かれて…もし倒れた時に頭をぶつけたりしたら大変ですよ!」

「大丈夫ですよ、大人なんですから」

「それ以外も…ああもう嫌われてもかまいません。いつもコンビニで沢山の栄養補助食品しか買われませんよね…」

「よくご存知で…お恥ずかしい…」

「それを見ただけではないんです…いつも感じるんです…」

謎めいた言い方にドキリとした。

「何を?」

「黒崎さん、いつも悲しげな目をされてます…全てに疲れたような目も…」

衝撃さと焦りからか失笑してしまった。

「そんなこと無いですよ…」

力なく答えた。互いに沈黙が続く。


「私にはわかるんです…」

「なぜ?」


「だって…」


「だって好きだから」


これは幻聴か真実か。

誰もが羨むシチュエーションにも、僕は冷や汗が止まらなかった。

震えるスマホを握る手と唇、煩く騒ぐ心臓に耐えながら一言だけ絞り出した。


「ありがとう」

即座に通話を切り、ラインメッセージを送った。

『ありがとう。

ただ、答えを出すのに一晩だけ時間をください。』

無機質に桐谷さんに送った。既読は一瞬でついたが、いつものような元気な返信は無かった。


もう隣に帰ってきているのだろうか。

壁一枚挟んだ距離にいるのだろうか。

怒っているか泣いているか何も感じていないか

僕は明日なんて答えればいいのか

頭がパンクしそうになりベッドに倒れ込んだ

そのまま、通院の疲れか、電話のせいか、眠ってしまった…


そう、何かに誘われるかのように、シーツに水が染み渡るようにジワジワと…逃れられないかのように…

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