第10話 やめるきっかけ

僕は同性愛者だ。

その一言に尽きる。

男性からの誘いもあった。だが、のらりくらりと避け続け、何事もなく成人を迎え職についた。

だが、僕の忍耐力や適応能力が無く、今に至る。


「またタバコがないや…」

それ以外、一日に発する言葉はなかった。


くしゃりと箱を潰しポケットにねじ込み、コンビニへと向かう。


「また会えるかな」

淡い期待を抱きながら、近所のコンビニへと向かう。


何も無い空っぽな人生に、少し希望を見出していた。

桐谷さん…彼女に恋心を抱いているかと問われれば首を横に振る。

言うなれば、擬似的な恋愛感情を求めているのだ。

こうやって足を運ぶのも、恋をしているから…そうやって適当なドラマを仕立てて感情に溺れていく。

恋をするフリをしていれば、現状の悲惨さに目がいかなくなった。


「…はい、○○番、ボックスで」

雑誌やコーヒーなどで時間を潰したが、お目当ての彼女は来ず、タバコだけ購入する。

そのまま帰ろうとしたが、買い物をしている間に小雨が降ってきたのでコンビニの表で一服をする。


寒さに震えながら、無機質なタバコの煙を吸っていると彼女が傘を指しながらやってきた。

「黒崎さんこんばんは」

遠慮がちに彼女は声をかけてきた。少し表情が曇っているように思えた。

「あっ…桐谷さん…」

ニコチンでまどろんだ意識が揺り起こされた。

「急に雨が降ってきましたね…雨宿りされてるんですか?」

少しだけ距離をあけて隣に立つ彼女。

「ええ…少しだけ」

「それじゃあ…私も少しだけ雨宿りさせてもらいますね」

まずい。凄く嬉しい。会えるとは思わなかったから気を抜いていた。何を話そう。コンビニに戻り一緒にまた買い物をしようか…僕は色々なパターンを考えていた。


こほん…

小さく彼女が咳をした。


「すみません!」

僕は慌てて手元のタバコの火を消した。

「気になさらないで…こちらこそ、意味ありげに咳をしてしまってごめんなさい」

「タバコは苦手ですか?」

その問いに彼女は表情を緩やかに変えた。

「苦手…かもしれませんが、父が吸っていたので…嫌いではないのです」

少し微笑んだ後、目線を落としながら彼女は言葉を続けた。

「ただ…心配になりますよね。吸い続けたら色々なリスクがありますよね。父にもやめてと言ってはいるのですが…」

口元に手を持っていき、彼女は真剣に僕に話した。

「心配されているんですね。お父さんの事を大切に思われてるんですね」

彼女は少し照れながら、髪を触る。

「そうでしょうか。いつも口煩いと言われるのですよ。それにおタバコを吸われる黒崎さんに対して失礼な事を言ってしまったし」

「いやいや、百害あって一利なし!わかっていますから」

彼女は人を気遣う言葉で自分の気持ちを塞ぐ。正しい事しか言わないのに自分を蔑む。僕は少しでもその脆い優しさを気遣えるよう言葉を続ける。

「それにちょうどやめようと思っていたんですよ…これだけ吸って!」

袋に入ったカートンを誇らしげに見せた。

「おタバコをやめるんですか…?」

彼女に暗示をかけるように袋を揺らしながら答えた。

「ええ、これだけでキッパリ。やっぱり体に悪いですからね。それに、私にも桐谷さんのように心配してくれる人がいるかもしれませんからね」

無理して精一杯のニッコリマークのような笑みを浮かべた。

「よかった…きっとみんなが心配されてると思いますし、今日お会いした時…私も黒崎さんの事を心配してしまいましたから…」

彼女は頬を緩め、うつむきながら笑った。

僕が心臓の大きな音に合わせてゴクリと唾を飲んだ数秒の間に、彼女は前を向き、小さくガッツポーズを僕に向け

「辛いとは思いますが…頑張って!」

そのまま少年のように大きく彼女は笑った。

「はい、頑張ります」

ポケットの中のライターをぎゅっと握りしめ僕は答えた。


「貴女が笑ってくれるなら、頑張れます」

そう、言いたげな心に蓋をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る