椿の散る頃

リペア(純文学)

第一話 私と、ツバキと、



ロッカーの鍵を開け、中から現代文の教科書、分厚い便覧、くしゃくしゃに折れグセが付いたプリントを持って教室へ持っていく。

 

「ツバキ、おはよ。」

 

「あ、おはよ、ミズキ。」

 

教室に入っていつも通り挨拶をするとチャイムが鳴り、現代文の授業が始まった。私と隣のツバキは、たちまちうつ伏せになり寝る。そこに脳天を禿げた先生が近づく。そしてツバキを出席簿で叩いた。

 

「いつも寝てるが、このままだと成績ヤバいぞ?」

 

「大丈夫だよ。」

 

ツバキはフフッと笑いながら目の前のハゲにそう答えた。私たちは授業中ノートをとらず、真面目に参加していない。テストも共に赤点名簿常連だった。

 


──私は高校一年の時、かけがえのない友達ができた。名をツバキという。ツバキとはアイドル追っかけの趣味が重なり、話す仲となった。幾度と一緒にライブへ足を運び団扇を振り合った。部活も同じダンス部。性格はお互い活発で、いわゆるJKであったため、先生方には到底分からぬ造語を達者に使っていた。



──



昼の時間、弁当をツバキと食べている時のこと。

 

「今日カラオケ行かない?」

 

「り。」

 


そうして学校帰り、カラオケボックスへと入った。

最近流行っている曲を二人で熱唱するのが常。二人で熱唱しているところを動画に撮った。‪


二時間を使い切り、息を切らしたまま手を繋いで帰る。帰り道に恋バナをしたり、ハゲの愚痴を言い合ったり。‬



ツバキと友達になって以来、毎日がこんな日の継続であった。

“こんな”というのは、”疲れる“という意味ではなく、”楽しい“という意味だ。

実際、高校に入った時、勉強に堅苦しくなるよりも友達と楽しい壊乱の日々を送りたいと考えていた。


それが今ツバキという友達と共に叶っている。

 



──


ダンス部は文化祭の二日目に体育館にて公演をすることになった。一ヶ月半後のそれに向けて皆活動に熱が入った。


特に私は熱を入れた。元々一発入魂の性格で、初の張り切っていたとも言える。



「そこ、こうした方が良くない?」


♪♪♪**


「いや、こうの方がいい」


♪*♪♪*


ツバキとは振りの確認。二人ペアの場面があって、私はツバキとペアとなっていた。



休憩ィ!


「『はい!』」



部長の号令に合わせて返事を張り上げる。一時間の昼休憩となった。



しかし、私とツバキは休憩の半分を使って振りの議論を続けた。


…いや、交渉と言うべきか。



「…わかった、それでいいよ。」


「いいの?やった!!」



交渉は私が折れて決着した。私の考えた振りでは動作が間に合わないというツバキの要望を飲んだ。


「じゃあ、なんかジュース奢ってよね」



「わかってるよ」



高校生になって分かったことだが、ジュースの奢りはもはや通貨である。


私とツバキはベンチに座り、奢ってもらったいちごオレを飲みながら昼ごはんに持ってきたサンドイッチを食べた。



部活が終わって家に帰った。


夕食を終え少し休んだ後、二階の部屋に戻っていつも通りまた体操着をきた。


そして鏡の前に立って、一人で特訓を始めた。


一年として、先輩から気を抜いていると思われるわけにはいかない。


故に特訓をするべきだと思ったのは一週間前。


特訓は大抵日付が変わるくらいまで続いた。終えると直ぐに風呂に入って寝る。それでだいたい1時くらいに消灯。


寝るのが遅くなってしまっているが、特訓の成果が一定出ていた。疲れが取れていなくても、それを努力の成果と解釈した。


私はこの特訓を文化祭まで続けようと考えていた。




ある日の部活のことである。通しで合わせた後の息切れしている私にツバキが一言申した。


「お疲れ。ツバキ、頑張りすぎじゃない?1回休んだ方がいいよ?」



「大丈夫、一年として引けを取る訳にはいかないからね。」



息切れと興奮の鼻息混じりに私はそう言い返した。

するとツバキは私の瞳を見つめた。


「最近寝てないでしょ。」



「そんなこと…」



ベンチに座っていた私が立とうとすると、急に立ちくらみがした。


「ほら。」



「私にはミズキが疲れてるのが分かる。」



「疲れてなんか…」



「ミズキのさっきの振り付け、少しズレてた。いつもよりキレも無かったし、一度休んだ方が良いよ、絶対。」



「…っ。」



疲労を隠していた恥ずかしさが私に迫った。

ツバキは私の微妙な差を見てくれていた。



「そんなに私のことを心配してくれてたの?」



「当たり前だよ。だって

 


──親友だから。」

 

 



──



ツバキに諭されるがまま、私は体調不良を理由に一日二日休むことにした。

その旨を部長に言う時、ついてきてくれたツバキが


「ミズキさんは学校でも家でも、いつも私のために振りを考えてくれていました。それで疲労が溜まって影響が出るようになってしまい、少し休みの日が欲しくて」


と言ってくれた。本当に嬉しかった。



──


翌日から4日間休みをもらい、その日々は何もせずとことん回復に費やした。


翌週月曜日から復帰した私の調子は、まるで体が軽くなったように優れていた。




──


明日は本番。今日のリハーサルを済まし、部活終わりの号令後に「明日頑張ろうね」とツバキに言葉を投げかけた。


「うん、絶対成功させよう。」





──


迎えた文化祭当日、幕が下りている体育館の舞台へ全部員が集合した。円陣を組み、部長の「頑張ろう!」に合わせて「オォー!」と声を上げた。そして、配置につく。私はツバキと目が合った。


「ミズキ、頑張って!」


アイコンタクトでそう言われた気がしたので、私は「そっちも頑張ってね」とウインクを返した。

 


「次は、ダンス部のみなさんでーーーす!!!!」



曲がかかり、スポットライトが当たった。




────




…文化祭の全ての過程が終わり、最後の表彰式となった。

ここでは最も集客し、沸かせた団体に金杯が贈呈される。去年と一昨年それを手にしたのは吹奏楽部らしい。


心拍を激しく鳴らしながら、合掌してダンス部の名が聞こえるのを待つ。

 


校長が一枚の紙を開いた…



「…優勝、ダンス部。」

 


♯♯ーーーーーーー!!!!


瞬間、部員全員が飛び上がった。ある人は驚愕に開いた口が塞がらず、ある人は号泣、ある人は抱き合い…


私はツバキの元へ行き、お互い手を堅く握った。


「ミズキ、やったね、私たち!!!!」



「うん、最ッ高!! ありがとう、ツバキ!!」



「ミズキ…。」

 


ツバキは泣きわめきながら私によがって来た。スカートが握られ、ツバキの体重でずり落ちていく。ツバキの涙は私のスカートを濡らした。


私の心にある植物は、そのツバキの涙が滴り、伸び育ったような気がした。

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