未送信のメッセージ

 ちわ、おひさ。相変わらずそうだね、偶にツイッター、こっそり覗いてるよ。あんたはちっとも変わってないね、ま、俺もだけど。

 俺も相変わらずネットの海を毎日さまよってるけどね。でも、もうチャットとかはやってないんだ。あの頃、よく毎晩毎晩あんなに話すことがあったもんだよね。

 あの頃、あんたはチャットしながらよく映画を観てたよね。うっわーつまんねwとか云って草生やしててさ、つまんねーなら観なきゃいいのにって、俺はしょっちゅう思ってた。よく毎日毎日映画ばっかり観れるな、とも思ってた。

 笑っちゃうね。俺さ、今、毎日映画ばっかり観てるんだよ。だいたい月に二十本、年に二百以上は観てると思う。偶に海外ドラマも視るんで、そうするとしばらくそれだけになって「作品」数はがくっと減るけどね。視てる時間はほぼ同じ。


 話は変わるけど、ブログってなんか、文化として廃れちゃったね。いや、今も書いてる人はいっぱいいるけど、トラックバックとかもなくなったっぽいし、いろいろ発信するものじゃなくなった気がする。昔はテキストサイトやってたような人らが書いてるおもしろいブログ、いっぱいあったのにね。今はもうSNSばっかでさ、誰も長い文章なんて読まないのかなって寂しいね。


 ねえ、憶えてる? ブログにいろいろ書いてたとき、あんたはチャットで、俺に云ったんだ。

 「おまえは小説家になる」って。

 俺はそんなばかなって、まったく本気になんかしてなかった。だってブログには、まるっきりチラシの裏な、日記とも独り言ともつかないことしか書いてなかったんだからね。だから、どうしてあんたがあんなことを云ったのか、さっぱりだった。

 でも、実を云うと、俺はそれまでにも小説っぽいものを書いてたことはあったんだ。

 で……書いてるんだ。今も。いつもいつも小説のことで頭をいっぱいにして、あれこれ捏ねまわして、書いて、直して……投稿サイトで公開してる。びっくりだよ、たくさんの人が読んでくれるんだ。まあ、たくさんっていっても自分的には、ってことで、ランキングなんかでは全然ぱっとしないけどね。ジャンルも流行りのファンタジーじゃなくって現代ドラマで、地の文たっぷり文字みっしりでウェブに不向きな感じだし。

 でもさ、聞いてよ。その投稿サイトでコンテストがあってさ。まだ中間選考なんだけど、俺の書いた短篇が二作、残ったんだ。

 すげえよ、こんなの初めてなんだ。なかなかやるじゃん? って云われた気分だよ。まじで嬉しい。


 でさ、あんたのことを思いだしたんだ。

 あんたがあのとき、俺に小説を書けって云ってくれてなかったら、ひょっとしたら書いてなかったかもしれない。否、書こうとしたとしても、途中で投げちゃって最後まで書きあげられなかったかもしれない。最後まで書けなかったら投稿して公開もしてなかったかもしれないし、シリーズとして続編も書き続けてなんかいなかったろうし、読んでくれてる人たちとも知り合えなかった。

 今じゃこんなに大切になったキャラたちだって、俺の頭のなかから飛びだしてって、こんなふうに生きちゃいなかった。

 だから、ありがとうって伝えたかったんだ。


 でも、その前にひとつ、俺はあんたに、あの頃チャットで話してたみんなに、謝らなくちゃならない。

 俺……否、私、ほんとうは女性なんです。――いや、冗談じゃないさ。こんなこと冗談で云えるわけない。本当なんだ、だから、ちょっと聞いてほしい。


 はじめ、退屈で迷いこんだあのチャットルームで、莫迦正直に女ですって云ってたら……わかるでしょ? まあろくでもない奴ばっかり話しかけてきて。性別を訊くまではゲームの話とかしてたのに、なんで女だとわかったらこうなるのさってうんざりして。

 で、あ、こういうところに女でいちゃだめだ、と思って、男のふりをすることにしたんだ。そのほうが、いろんなことがシンプルに済んだからね。

 もともと趣味が一般的に男性向けとされるものに偏っていたから、誰にもばれなかった。それからはあんたも知ってのとおり、俺はずっとコテハンで男として、トリップまでつけてあのチャットルームの常連になった。海外のニュースを視ながらテロや内戦の話をしたり、銃や薬物の話をしたり、バイクや車の話やら、音楽の話もいっぱいした。BDSMについてもいろいろ教わった。

 下ネタも平気でエロ話にもふつうに交じってたから、誰にも女だとは疑われなかった。それどころか、仲良くなった人に対して騙してるのが申し訳なくなって、実は女なんだって打ち明けたことがあるんだけど……信じてもらえなかった。そういう冗談を云う日だって思われたみたいでさ。

 で、俺もいろいろと複雑なもんだから、肉体が蚊帳の外な場では、俺ってやっぱり男なのかなあ、なんて思ったりもしたんだ。性自認は女だったはずなのに。

 「女」っていう記号を脱ぎ棄てて話すのは、とても楽で居心地がよかったんだ。


 あんたは、チャットでは人妻好きを公言してて、エロい話も大好きだったけれど、ちゃんと相手によって話の向きを変える人だった。もしも俺が「女」でも、あんたならくだらない質問攻めにしたりしないで、ちゃんと合う趣味の話をふってくれたと思う。

 あんたも、今も小説、書いてるのかな。仮想戦記って、ジャンルはファンタジーになるのかな? それとも歴史? いろいろ話は合ったけれど、お互いに書くものだけは趣味じゃないかもしれないね。

 でも、本当はあんたにも、俺の書いた物語を読んでほしいよ。読んで、そして「ああ、生臭い……」って、厭そうに貶してほしい。

 今はもうない、懐かしいあのチャットルームで、お互いにボロクソに言い合っていた頃みたいに、さ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る