ファイル Z
春嵐
第一章 邂逅
第1話 その女、ファイアクラッカー
流れて、生きてきた。
どの街にも、情報インフラの陥穽はある。
公共の電波に繋いで、インフラの穴を見つけて、直す。それだけで、日常は充分に潤った。
金は必要ない。公官庁で間違い探しをやっていたときの報酬額が、一生かけても使えない程度、ある。
そして、この世界は歪んでいる。金があると、金が増える仕組み。原資、つまり元手を持っていると、それを担保に金が雪だるま式に増えていく。典型的な搾取の形。
それを見つけ次第、なるべく叩いて生きてきた。これは、趣味。
この街にも、歪んだ場所はあった。
駅前の、一等地。土地転がしに使われている。使っている政治家と、下請けの企業を洗い出した。
「さて」
ボトムスから、携帯電話を取り出す。旧式。ボタンをプッシュして、呼び出し音。
『はい。中坂』
「おかねほしい?」
『焔美さん』
「どうなの」
『ほしいっすね。おかね』
共通の符丁で、おかねは、情報や大事な何かを指す。金ではない。
「この街、ええと」
ラップトップに表示される名前。
「L市の、駅前一等地の土地転がし」
『L市。イニシャルだけだとちょっとわからない』
「そこからは自分でどうぞ」
『わかりました』
携帯電話を、指で叩く。
二回。
「けっこういい感じになるわよ」
五回。
『まじすか。がっぽがっぽじゃないすか』
「間違いないわ」
三回。
「じゃあね。検討を祈るわ」
携帯電話を、切る。
暗証番号は、253。中坂が持っている個人の番号と合わせれば、開く仕組み。
ラップトップを眺める。
共有フォルダ。開かれた。
中身が、持ち去られていく。そして、最後にテキストメッセージがひとつだけ。
ハーフスロープ、確かに受領。
中坂だから。
「おもしろい仕組みだな」
後ろから。声。
若い男性。
「情報が筒抜けになる共有フォルダをあえて使って、秘匿性を高めてるのか」
「木を隠すなら、森よ」
知らない顔。ただ、悪意があるようには見えない。
「なぜ、この街に来た。なぜ、駅前を狙う」
「なんとなく。趣味ね」
「趣味で政治家や企業に楯突く馬鹿はいないだろう」
「そう。私ばかだから」
ラップトップを、閉じた。男の次の会話を、待つ。仕事の依頼が。来るか。
わざわざ駅前の土地転がしを流したのも、この街で何かを、したかったから。なんとなく。
「この街の、空気は好きか?」
「空気。まあ、そこそこね」
車の数は少ない。人の眼も、優しげ。そういう街の性質があるんだろう。そして、そういう優しさは、汚職や土地転がしを誘発させていく。平和は、人を腐らせる。
「おまえに依頼が、ある」
「待ってたわ」
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