第374話:ツネとユウと月明りと
重清達がなんとか保健室から脱出していた頃、恒久とユウは校舎から出て、部室の並ぶ一角へと差し掛かっていた。
夜空に浮かぶ月が、2人の影を朧気ながらグラウンドへと写し出していた。
「さすがに、外でもこの時間だと怖いな。ユウ、大丈夫か?」
「は、はい!」
夜道を歩くユウに優しく声をかける恒久を見つめ、ユウは緊張した面持ちで答えた。
(うわぁ・・・恒久先輩と2人っきり・・・どうしよう。緊張しちゃう・・・)
ユウの心の声である。
依頼のことなど完全に頭から消え去っているユウにとって、密かに想いを寄せる恒久と2人っきりになるこの状況はもはやボーナスタイムであり、緊張のひと時なのである。
「で、でも、なんで私達が陸上部の部室なんですかね?
なんだか、皆さん私達に行ってほしいみたいでしたけど・・・」
ユウは必死に恒久との会話を続けようと、ここへ来る前の先輩達の様子を思い出しながら恒久へと質問を投げかけた。
なんとなく、ニヤニヤする先輩達(主に、男子一同)の顔を思い浮かべながら。
「あー、それなぁ・・・」
恒久は、そう呟きながら肩を落とした。
見るからに落ち込んだ様子の恒久に、ユウは焦っていた。
(どうしよう。恒久先輩の地雷踏んじゃった!?)
確かに、恒久にとって陸上部の部室は、地雷と言っても過言ではなかった。
以前術を習得しようとした恒久は、透視できる術に挑戦し、『
それは、透視の力によって覗きをしようとする邪な心が原因であった。
そのことにより茜や、当時2中忍者部に来ていた麻耶からの責めを逃れるべく、恒久は自身に重い罰を課したのだ。
『
陸上部の部室で屈強な陸上部員と、そして陸上部顧問である
そのことをしっかりと記憶に刻んでいた男子一同は、なんの打合せもすることなく、恒久を陸上部の部室へと差し向けたのだ。
ここ最近行われている、連携の訓練のたまものである。
そしてもちろん、その記憶が心に深い傷として残っている恒久は、ユウの言葉にさらに憂鬱になっているのであった。
陸上部の部室に向かわされた理由を問われた恒久は、その答えに困っていたのだ。
いくら後輩とはいえ、女子に『覗きをしようとした罰』の話などできるはずもない。
その結果、恒久が捻り出した答えは。
「まぁ、いつか話すわ」
という、ただの先延ばしな回答であった。
「・・・わかりました」
落ち込む恒久をこれ以上見たくなかったユウはただそう答えると、努めて笑顔で話題を変えることにした。
「それにしても、獣の声って、何なんでしょうね?」
そんなユウの笑顔に救われた気持ちの恒久は、同じく無理矢理な笑顔をユウへと向ける。
「まぁ、なんとなく想像はつくけどな」
そう言った恒久にユウが首を傾げている間に、2人は問題の部室へと到着した。
「ぐもぉぉぉぉっ!!」
部室の中から、そんな獣のような声が響いてきた。
「つ、恒久先輩、今の・・・」
「あぁ。思いっきり獣っぽい声だったな」
そう言った恒久がふと目線を上げると、部室の窓が開いていることに気がついた。
「ま、見てみりゃ分かるだろ」
「で、でも・・・」
全く恐れている様子のない恒久の言葉に、ユウは身を震わせる。
「大丈夫だって。じゃ、先に見るぞ?」
ユウを安心させるように優しく答えた恒久は、そっと窓から中を覗き込んだ。
そしてすぐに腰を下ろすと、深いため息をついた。
「予想どおり。見なきゃよかったぜ」
「そ、そんなに怖いものが?」
「まぁ、ある意味怖いものだけどな。いいから見てみろって」
「わ、わかりました」
恒久の言葉に深く頷いて、ユウは窓から中を覗き込んだ。
「ぐもぉぉぉぉっ!!」
そこには、恒久との会話の間も絶え間なく聞こえていた獣のような声を上げながら、重そうなベンチプレスで自身の肉体をいじめ抜いている、
「えぇ〜っと・・・」
なんと言っていいのか分からない光景を目にしたユウは、腰を下ろして言い淀んでいた。
「あれ、陸上部顧問の斎藤先生。通称よっちゃん、な。どうせこんな事だろうと思ってたけどよぉ。
いざ目の当たりにすると、やっぱキツイな」
「ふふふ。キツいって。斎藤先生に失礼ですよ?」
恒久の言葉に、ユウが笑っていると。
「あら?誰かいるのかしら?」
斎藤は重そうなバーベルを置き、窓の方へと目を向けた。
「やべっ!ユウ、行くぞ!」
「えっ、あっ・・・」
突然の事に恒久は、ユウの手を引いてその場を急いで後にした。
「「はぁ、はぁ、はぁ・・・」」
陸上部の部室から離れた2人は、息を切らせて立ち止まった。
「あっ、悪ぃ!また勝手に女子に触れちまってた!」
落ち着いた恒久は、ユウの手を握っていた事に気付き、急いでその手を離そうとした。
ギュッ・・・
しかしユウは、恒久の手を強く握り返していた。
「えっと・・・ユウ、大丈夫か?」
恒久は恐る恐る、ユウの顔を覗き込んだ。
その潤んだ瞳に吸い込まれそうになる恒久に、ユウは口を開いた。
「恒久先輩・・・」
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