第330話:走る茜

「・・・・・・」

そんなショウの出て行った扉を、茜はじっと見つめていた。


「茜。このままショウさんを帰らせていいのかよ?」

そんな茜に、恒久が声をかけた。


「な、なによ。あんたには関係ないでしょ?」

茜はそう言って恒久を睨みつけた。


「関係あんだよ。いつもうるせー茜がそうやってウジウジしてると、俺のつっこみの鋭さが無くなるんだよっ!

ほら!さっさと行って、ショウさんにフラれてこい!」

「なっ、ちょ、なんで私がフラれる前提なのよ!?

もう!わかったわよ!行くわよ!行ってきますよ!」


茜は恒久にそう言い返すと、ズカズカと扉へと向かい、ふっと振り向いて、


「ツネ。ありがと」

そう言ってショウを追うのであった。


「おぉー。行っちゃったねぇ」

重清が、面白そうに笑っていると。


「シゲ、楽しんでるでしょ?」

聡太は、呆れ気味に重清を見ていた。


「おいお前ら。あんまり騒いでると、本当に島田さんに怒られるぞ?」

新部長シンが、重清達にそう言うと、一同は恐る恐る図書室へ続く扉に目を向ける。


しかし、いつもならばとっくに怒鳴り込んでくるはずの島田さんは、来ることはなかった。


そんな島田さんはというと。

いつものように図書室のカウンターに座り、1人黄昏れていた。


その原因は、先程社会科研究部の部室を急いで出て行った茜であった。


ショウが帰ったことにより開け放たれた社会科研究部の部室の扉から、島田さんは彼らの話をしっかりと聞いていた。


ショウが帰るよりも前から騒がしかった社会科研究部に、普段ならばとっくに怒鳴り込むはずの島田さんも、流石に卒業式のこの日ばかりはそんな事はせず、ただ彼らの話を聞いていたのだ。


まぁ、卒業式だから図書室に生徒が一切いないからというのも、怒鳴り込まない理由の1つではあるのだが。


そんな島田さんは、茜の出て行った扉を見つめながら思っていた。


(若いって、いいなぁ)


と。


(私も後先考えず、古賀先生に告白したいな。でも、もしダメだったら気まずくなっちゃうし・・・

あぁ、私達も、どちらかが別の中学に異動になれば・・・

でもでも、そうしたら古賀センセイと離れ離れになっちゃうし・・・)


島田さんは、1人ブツブツと言いながら黄昏れていたのだ。


それは、重清達が帰路につく頃にもまだ続いていたという。


それはさておき。



ショウを追う茜の後ろ姿を、またしても2人の教師が見つめていた。


「あら、恋の匂いがするわね」

「あらぁ。本当ですねぇ。なんだか、卒業式って感じですねぇ〜」


陸上部顧問の斎藤よっちゃんと、保健室教諭の花園カオルンである。


「若いって、いいですねぇ〜」

花園がそう言うと、斎藤は厳つい顔を歪ませて花園を見た。


「私からしたら、カオルンも充分若いわよ。なに?私に対する嫌味?」

相変わらずの言葉遣いで斎藤がそう言うと、


「斎藤先生もお若い肉体をお持ちじゃないですかぁ。顔は、オッサンですけどぉ」

「ちょっとカオルン。私の扱いがどんどん酷くなっていないかしら?」


「えぇ〜、気のせいですよぉ〜」

花園がそう言って笑っていた。


「まったく。ってそれはいいのよ。カオルンにお願いがあって探してたのよ」

「はいはぁい、なんですかぁ?」

そう言いながら、斎藤と花園は保健室へと入っていくのであった。



「おかしい。校内から琴音の気配がした気がするんだが・・・・」

重清と聡太の担任である田中は、そう呟きながら校内を歩き回っていた。


確かに先程まで、田中の娘である琴音は近藤と共に2中へと来ていた。


もちろん琴音は、そのことを父である田中に言っているわけはない。


にも関わらず田中は、琴音の気配を察知し、こうして歩き回っているのだ。


田中に搭載された『愛娘琴音センサー』は、非常に感度がいいのである。

こんなふうに追い回す父が娘に好かれるはずもないのだが、田中には関係のないことなのである。


そんなとき、田中の視界に廊下を走る人影が見えた。


「おぉーい!廊下は走るなぁーっ!」

「ごめんなさーい!急いでるんでーーすっ!」

女子生徒はそう行って、そのまま走り去っていった。


「まったく。あれは確か、2組の茜のことだったか?っと、そんなことはいい。今は琴音の方が大事だ」

田中はそう言いながら、また校内を歩き始めた。


廊下を走る生徒を『そんなこと』呼ばわりして娘を探すとは、とんでもない教師なのである。


果たして田中は、琴音を見つけることが出来るのか。

それは、本当にどうでも良いことなのである。


というかそもそも、既に琴音は2中を後にしているため、田中が校内で娘に会えるわけはないのであるが。


ちなみにこの日の夜、田中は娘である琴音に、

「今日、2中に来たか?」

と尋ね、


「えっ、そ、そんなわけないでしょ?変な事言わないでよ。お父さん、気持ち悪いよ?」

そう返されて絶望の淵に立ち、翌日は体調不良で仕事を休む羽目になった。


父親を殺すのに、刃物などいらないのだ。


ただ、娘の『気持ち悪い』という言葉だけで、父親という生き物はこうも容易く心を砕かれるのである。

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