第225話:公園で

依頼を終えた一行は、その場で解散することとなった。


ひとりノリへの報告に向かったショウの背を見ていた重清は、頭の上にプレッソを乗せたまま美影に向かう。


「美影、ちょっと2人で話したいんだけど」


重清にそう言われた美影は、嬉しそうな顔で頷いて充希達へと目を向けた。


「あなた達は先に、あの喫茶店に行っていなさい!日立、絶対についてこないでよね!」


「はっ。かしこまりました!」

「姉上っ!そんな奴と2人っきりなんて―――」

充希が美影に非難の声をあげるも、美影に黙殺された充希は途中で口を噤んで黙り込んでしまった。


彼としては、美影を重清と2人っきりにするよりも、それを邪魔して美影に嫌われることの方が怖いのである。


「さ、重清、行きましょう!」

充希に向けた般若の如き表情から一変して恋する乙女の顔になった美影は、そう言ってスタスタと歩き出した。


「あ、あの、すみません!直ぐに戻りますのでっ!」

重清は、充希達に頭を下げて、美影を追っていった。


「じゃぁ茜!僕らもデートしようよ!」

「はぁ!?なんでアンタとデートしなきゃなんないのよ!!」

「あー、僕らはお邪魔虫かなぁ〜。父上、我々だけ先にあの喫茶店に向かいましょう!」

「うむ。その、なんだ。親子水入らずもたまには良いな」

「アンタ達、わたしの話聞いてるの!?」


そんな会話を聞きながら。



しばらく当てもなく美影を連れて歩いていた重清は、ある公園で足を止めた。

そこは重清にとって、良い思い出も、辛い思い出も詰まった公園であった。


(ここかぁ・・・ま、いっか)


一瞬だけ考えた重清は、美影と2人で歩いているのをクラスメイトに見つかって変な誤解を受けてさらなる裁判になることを恐れ、結局その公園へと、美影と連れ立って入っていった。


そしてプレッソを下ろしベンチへと腰掛けた重清の隣に、美影は重清に身を寄せるように座った。

ちなみに、プレッソは重清から降りてすぐにベンチの下で丸くなっていた。


「し、重清。もしかして、さっきの2人みたいなこと、するの?」

顔を赤くしてそういう美影に重清は、


「さっきの?・・・・っ!?」

そう答えながら思い出した。


美影に恐れをなして逃げたヤマト少年が、彼女と2人、ベンチで行っていた、男子中学生の憧れるあの行為を。


「ちっ、違うから!おれはただ、美影とちゃんとし話したかっただけだから!!」

顔を真っ赤にした重清は、激しく首を横に振りながらそう答えた。


「そう・・・それで、話って??」

残念そうな表情をした美影は、重清から少し距離をとって姿勢を正した。


「うん・・・美影、おれさ、美影と付き合えない」

「え・・・・・」

美影は、その言葉に声を漏らした。


「そ、そうよね!急に結婚だなんて言っても、びっくりしちゃうわよね!!」

平静を取り繕いながら、美影は重清に笑顔を向けた。


「もう結婚の話まで出てきたのにはびっくりだけど、そうじゃないんだ。美影、ちゃんと聞いてね。

おれさ、ちょっと前に好きな子に騙されちゃったんだ。たぶん、まだそこから立ち直れてないんだよ。だから、今は誰かと付き合う気とか、絶対に無理なんだ」


「で、でも、それじゃぁその傷が癒えれば・・・・」


「ううん。それでもおれは、美影とは付き合わない」

「な、なんでよ!!雑賀本家の私が、末席のあなたを好きだと言っているのよ!?何が不満なのよ!?」


「そういうところだよ・・・」

重清は、悲しそうな表情を浮べて、美影を見据えていた。


「美影さ、さっきのヤマトって人に言った言葉、覚えてる?」

「ちょっと!話を逸らさないでよ!!」


「いいから、答えて!」

「そ、そんなこと、覚えてないわ!」


「美影はね、『選んで女に生まれてきたわけじゃないのに、自分の物差しに当てはめて罵倒するなんて最低だ』って言ってたんだ」

「そ、それがどうしたのよ!?」


「美影はさ、あのヤマトって人と同じなんだよ」

「どこが同じなのよ!!あんな人と一緒にしないでよっ!!」


「いいや、同じだね!美影さ、おれに初めて会ったとき、なんて言ったと思う!?『どけよ末席』だよ!?

おれはさ、じいちゃんとばあちゃんの孫に生まれて、本当に良かったと思ってるよ!でも、別に選んで末席ってやつに生まれてきたわけじゃない!そんなの、最近知ったくらいだし!

末席に生まれるのと女に生まれるの、どっちも自分じゃ選べないだろ?

美影は、そんなおれを、ずっと見下してたんだよ?そんなの、あのヤマトって人と同じじゃないか!!」


「・・・・・・・・・・・・」


美影は、重清の言葉にただ沈黙を返すだけであった。


「美影はさ、本当に可愛いと思うよ。たぶん、おれの人生の中で美影みたいな可愛い子に告白されることなんて、これから先一生ないと思う。いや、ないね、うん。それは自信ある。だっておれ、今まで告白されたこのとすらないし・・・・」

重清は、自分で言って、少し悲しくなっていた。


「えっと・・・まさか自分の脱線で傷付くことになるとは思ってなかったわけだけども・・・」

そう困って呟く重清に、美影はくすりと笑った。


「ふふふっ。それが、伝説に聞く雑賀平八の脱線癖ね」

「いや伝説て」

思わずつっこむ重清に、美影は精一杯の笑顔を向けた。


「重清の言いたいことは分かったわ」

「じゃ、じゃぁ・・・」


「でも、私はこれまで、ずっと本家以外の忍者を見下してきた。それを、直ぐに変えられるかは自信がないの。でも、確かに今の私は、あの男と何も変わらない。それはわかったわ。

だから重清、私達が、付き合うっていう話は、一旦保留よ!

これから私は、このことについて考えてみる。そして、もしも私が変わったと思ったらその時は、もう一度あなたの方から告白してきなさい!

じゃぁ、私はもう行くわ」


そうマシンガンのように言った美影は、重清に背を向けて走り去った。


その彼女の目には、涙が浮かんでいた。


それが、好きな男と付き合えなかったことによるものなのか、自身が嫌悪した男と同じだと分かったことによるものなのかは、本人しか分からないのであった。


そして残された重清は。


「あれ?なんか最終的に、おれがフラれたみたいになってない??っていうかおれ、美影に告白とかしてないよね??」


と、ひとり残された公園で、首を傾げるのであった。


(重清、ドンマイ)

プレッソの励ましの声だけが、重清の頭に響いていた。


しかし重清は気付いていなかった。


重清と美影の様子を、1人の少女がずっと見ていたことを。

その少女の強く握られた拳からは、一筋の血が、滴り落ちていた。

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