第217話:雑賀本家の事情 雑賀日立の場合 前編
雑賀日立は、愚直な男であった。
彼は幼少の頃より雑賀家に仕えており、身も心も、雑賀家のために捧げると幼いながらに思っていた。
しかし、それは直ぐに覆されることとなった。
彼は、ある女に恋をしたのだ。
その女を日立が初めて目にしたのは、まだ彼が10歳の時であった。
女は、元雑賀本家であり、次期当主となる予定であった雑賀雅と共に、雑賀本家へと現れた。
雅の夫である、甲賀平八を伴って。
当時既に、平八と雅は結婚してはいたものの、忍者教育カリキュラムを協会がやっと受け入れ始めていた頃であり、雅は甲賀雅と名乗っていた、そんな時代である。
当時はまだ、忍者の契約に年齢の制限は無く、日立は既に契約忍者として当時の当主である雑賀五兵衛と契約を済ませていた。
日々雑賀家のために力を磨いていた彼は、その日初めて平八達と出会うこととなった。
30を越え、美少女から美女へと成長した雅が引っ張るように連れている平八の一歩後ろをついていくその女の姿に、日立は一瞬で心を奪われた。
当時、雅の代わりに次期当主として認められていた六兵衛に1人息子が生まれ、その世話を任せられていた日立は、将来雑賀本家当主となるであろう兵衛蔵を、弟のように可愛がっていた。
自身の中にあるその感情が、父性なのかと勘違いしていたほどであった。
しかしそんな
彼にとって、その出会いはそれ程までに大きなものであった。
しかしそれと同時に日立は、平八に対して別の感情を抱き始めた。
「このクソハゲハーレム野郎!」
と。
当時、35歳という若さで頭が寂しくなり始めた平八を、日立は憎々しげに見ていた。
天才美少女と呼ばれ、今は美女と言っても何らおかしくない程の美貌を持つ雅を妻に持ちながら、あれ程に美しく、妖艶で、エロい女を連れている平八に、日立は幼いながらに嫉妬した。
その女が平八の具現獣、シロであるという周りの声も一切入ってこないほどに。
それからの日立は、周りが目を見張るほど、修行に力を入れるようになった。
甲賀平八が作り上げ、徐々に浸透し始めていた忍者教育カリキュラムではなく、古来より続き、それを忍者教育の第一人者と呼ばれていた雑賀五兵衛がさらに発展させた、雑賀本家の教育方針に則って。
それは、日立の意地であった。
元来雑賀本家第一主義であった日立は、自身が強くなることで雑賀本家の教育を、改めて世に知らしめるつもりだったのだ。
というのは、完全に日立の建前であった。
彼はただ、平八の作り上げた教育カリキュラムを否定しようとしたのだ。
美女を2人も侍らせているクソハゲハーレム野郎を見返したい一心で。
もう、完全に逆恨み以外の何物でもないのである。
それでも彼の努力は大きな成果を上げ、
そう、あくまで一般レベルで、である。
実際に、一般的な忍者と一線を画す実力を持つ平八や雅には及ばない実力ではあったものの、それは日立の努力が足りなかったからではない。
平八と雅が異常なだけなのである。
事実日立は、当時既に当主となっていた雑賀六兵衛を越える実力者となり、雑賀家において大きな発言権を持つようになっていた。
その頃から日立は、契約忍者を見下すような発言を繰り返すようになっていた。
元々甲賀平八という契約忍者に対して一方的な悪感情を持っていた日立は、その想いが変な方向へ曲がりくねった挙句、契約忍者全体に対しても差別的な感情を抱くようになっていた。
それが、雑賀本家での発言力が増したことで顕著となったのである。
自分も契約忍者なのにも関わらず。
雑賀本家当主である六兵衛にとって、その日立の考えは受け入れがたいものであった。
忍者の多くは契約忍者であり、血の契約者の方が少数派である。
特に本家のような存在は、多くの契約忍者に支えられているといっても過言ではなかった。
だが、先祖代々雑賀本家に仕え、更には自身よりも力をつけた日立に、雑賀本家当主六兵衛は何も言うことができなかったのであった。
それによって日立の契約忍者差別は、更にエスカレートすることとなった。
しかしそれによって雑賀本家は、前代未聞の事件に見舞われることとなった。
雑賀本家から、弟子が一斉にいなくなったのである。
自身の鍛錬だけでかなりの実力をつけた日立の修行は、苛烈なものであった。
それが雑賀本家の教育に基づいたものであったとしても、そのすべてについて行くことのできる者など、全くと言っていいほどいなかったのである。
また日立は常日頃より契約忍者を見下す発言を繰り返しており、雑賀家に師事する他の忍者たちは、日ごろから見下され、そして辛い修行を課されるという苦行に耐えていたのであった。
しかし、そんなことが長く続く時代ではなくなっていたのである。
日立の修行と見下し態度について行けなくなった弟子たちはある日、一斉に雑賀家を後にした。
一昔前までは、そのような忍者は契約を破棄され、忍者ではなくなることが通例であったが、平八の教育カリキュラムが浸透してからは、そのような忍者の受け入れ態勢も徐々に整えられていた。
それにより、雑賀家の弟子たちは心置きなく雑賀家を後にし、別の忍者に師事することができたのだ。
だが、日立にはそんなことはどうでも良かった。
もちろん、全く気にしていないわけではなく、また自身の責任であることは分かってはいた。
それでも彼は、その態度を改めることはなかったのである。
雑賀本家を支えることができない者など、いくらいなくなろうとも問題はなかったのだ。
それは、自身こそが雑賀本家を支えているという自負があったからである。
それよりも、日立には大きな問題があった。
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