第4話:甲賀平八の夢
平八達が襲撃を受けて数日経ったある日。
「ねぇ、君はどう思う?」
「は?何が?」
平八の突然の言葉に、雅は間の抜けた声で返しました。
「はぁ。今の忍者の教育体制をどう思うのかって聞いたんだよ」
「は?知らないわよそんなの」
「まったく。少しは興味を持てくれてもいいじゃないか。まぁいいや。今の契約忍者は、それぞれ血の契約者が指導しているんだよね?」
「えぇ。そうみたいね。あたしは興味ないけど」
「わざわざ『興味ない』ってアピールしなくてもいいのに。まぁ、いいけどさ。そもそも、今の教育体制って時代に合わないとは思わないかい?」
「言っている意味が分からないわ」
「血の契約者がそれぞれ弟子を抱えているなんて、もはや私兵と変わらないと思うんだ。せっかく忍者協会があるのに、それが全く機能していない」
「昔からそうなんだから、仕方ないでしょ」
「そう、その考え方が古いんだよ。昔からあるものの全てを否定するわけじゃない。だけど、少なくとも今の教育体制を続けていくと、絶対に綻びが出てくると思うんだ」
「それがなに?そんなこと言ったって、どうしようもないじゃない」
「君は、それだけの力がありながら、どうしてそう言い切れるんだい?そんなの、やってみなきゃわからないだろう?」
「じゃぁ、あんたはどうしたいっていうのよ」
これまで興味がなさそうに話を聞いていた雅が、少しだけ身を乗り出しました。
「私はね、今の契約忍者の教育体制を、根本から作り直したいんだ。それが、私の夢なんだ」
「・・・あんたが命を狙われる理由、なんとなく分かった気がするわ」
そう言う雅の表情は、どこか楽しそうに見えました。
平八の隣で2人の会話を聞いていた私の心は、凄くざわついていました。
平八のこの壮大な夢は、これまで誰にも話されたことがなかったのです。
それは、私だけが知っている平八の夢だった。
それなのに、こんな小娘にどうして話したのか。
多分私は雅に、嫉妬していたんだと思います。
そんな私の想いなど気にも止めていない2人は、話を続けていました。
「そもそもだよ。今の契約忍者が課せられる契約自体、統一化されていないだろう?それだと契約忍者同士でも契約内容に差異が出てしまう。つまり、行動指針がバラバラになるんだよ。最悪の場合、我々の存在自体が、明るみになってしまうことにもなりかねない。
実際この前私の命を狙ってきた人なんて、忍者以外の者に自分の正体がバレることに、何の危機感も持ってなかったんだよ!?」
「そんなこと言ったって、知らないわよ。そんなの、血の契約者の勝手じゃない」
「そう、そこなんだよ問題は。そもそも契約忍者が忍者となる際の契約内容は、ある程度統一されるべきなんだ」
「そんなの、無理に決まっているじゃない。血の契約者を縛ることなんか、協会にだってできっこないわ」
「そうなんだ。だから、このシステム自体を、どうにかするしかないんだよ」
「それこそ不可能よ。あたし達忍者は、いつ、どこで現れるようになったかも、正確には記録に残されていないのよ?
それなのに、忍者の力の重要な要素とも言うべき契約を変える?
そんなこと、いくらあたしでも不可能だわ」
雅の言葉に、平八は黙ってしまいました。
「やっぱり、教師になる前に、本腰入れて探してみるしかないか・・・」
平八がそう呟いたように、私には聞こえました。
「え?何か言った?」
雅にはその言葉は聞こえていなかったらしく、平八に不機嫌そうにそう聞き直しました。
「あ、いやいや、こっちの話」
平八は、笑って雅に答えていました。
実際に平八がこの時に何を考えていたのかは、未だにわかりません。
この時期よりも少し前から平八は時々、私からの意識も遮断して、1人で何かをやっているようでした。
私が何をしていたか問い詰めても、彼は決して答えてはくれませんでした。
いつも、
「大丈夫!悪いことなんかしてないよ?ほとんどは。あ、エッチなお店になんか、行ってないからね?」
と、笑って答えるだけでした。
平八が何をやっていたのかは、結局わからずじまいでした。
多分、今の雅でさえも知らないのだと思います。
一部の忍者からは、平八は始祖の―――いえ、今のは聞かなかったことにしてちょうだい。
えぇっと、なんの話だったかしら?
そうそう。熱血教師(予定)平八の、熱き教育論についてだったわね。
結局、平八の誤魔化したような言葉で興味を失った雅が店を去り、その日はそのままこの話は終わりになりました。
でも、私は気付いていました。
2人が出会ってからというもの、平八の話に興味を持っていなかった雅が、その日は凄く熱心に平八の言葉に耳を傾けていた事を。
そしてその頃から2人は、会うたびに教育体制の話について議論をすることが増えていきました。
実際には、平八の考えを雅が否定するばかりだったけれど。
それでも2人の様子は、どこか楽しげだったように思えます。
この頃から2人の間には、私と平八では出せない、どこか甘いような雰囲気を、醸し出していたように思います。
私は、ただそれを、見ていることしかできませんでした。
いいえ、それは嘘ね。
私は、既に諦めていたの。
だから、2人を見守ろうと思うようになっていたのね。
平八が、雅に夢を語ったその時から。
彼女なら、平八の夢を実現するだけの力があるはずだからと、そう思って。
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