第140話:痛い視線の飛び交う図書室
「シゲ、ちょっといいか?」
大規模鬼ごっこが繰り広げられた翌日。
いつもの時間に部室へとやって来た重清にそう声をかけてきたのは、ケンだった。
「あっ、ケンさん。どうかしたんですか?」
「お前に、折り入って頼みがある。」
真剣な表情のケンに重清は頷き、ケンに促されるまま部室を出て、図書室の一角へと進んでいった。
夏休みではあるものの、毎日開放されている図書室には数名の生徒がいたが、ケンはその生徒たちの目を避けるように人気のいない場所へと重清を連れて行く。
そんな2人の様子を、離れた場所からじっと見ている人物がいた。
図書室の主、司書教諭の島田さんであった。
毎度騒いでいる社会科研究部が、また何か騒動を起こさないか、監視しているのである。
ちなみに島田さん、図書室の入口が開くたびに古賀先生(ノリ)が入ってきたのかと入口に視線を送っていたとかいなかったとか。
そんなことはさておき。
図書室の人気のない場所へとやって来た重清に向って、突然ケンが頭を下げる。
「シゲ!何も聞かずに、麻耶さんの連絡先、教えてください!!」
色んな意味で、普段のケンからは想像もできないようなそのセリフに、重清はしばしの間沈黙する。
「えっ、ケンさん。それって・・・」
やっとのことで重清が言葉を絞り出しながらケンを見ると、
「・・・・・・・」
ケンは顔を赤らめて、俯いていた。
「えぇ〜〜〜〜〜っ!!!」
「図書室では静かにっ!!」
叫ぶ島田さんにペコペコと頭を下げて、重清は再びケンに目を向ける。
「ケンさん、麻耶姉ちゃんのこと・・・」
「あぁ、惚れた。」
真っ赤になりながらそう言い切るケンに、重清がニヤニヤしながらケンの顔を覗き込む。
「えぇ〜、麻耶姉ちゃんのどこに惚れちゃったんですかぁ〜?」
先日好きな子に盛大に騙されたとは思えない程に腹の立つ表情を浮かべる重清に、ここで重清に逆らっては麻耶の連絡先の入手が困難になると判断したケンは、仕方なく口を開く。
「あの強さに、惚れた。それよりも、早く連絡先。」
「りょーかいっす!」
ケンの答えにニヤニヤが止まらないな重清は、自身のスマホを取り出して操作しながら、大事なことに気付く。
「あ。おれ、麻耶姉ちゃんの連絡先知らないや。」
「おっ、お前っ!!」
重清の役立たずっぷりに怒ったケンのヘッドロックが、重清を苦しめ始める。
「ケ、ケンさん、ギブギブ!ば、ばあちゃんに聞いてみますからっ!」
その言葉と共に解放された重清は、ケンからの痛くなるような視線に耐えつつ、祖母へとメッセージを送った。
「い、いつ返ってくるかわらからないんで、気長に―――」
重清がそう言っていると、早速重清のスマホが反応を見せる。
ケン共々画面に目を落とすとそこには、
『必要なし!』
という短い返信のみ。
「えっと・・・」
返信内容の意味が分からず混乱する重清に、ケンの視線が突き刺さる。
「あっ。アカなら知ってるかも。仲良くなったらしいし・・・」
ケンから目を逸らしながら独り言のように呟いた重清は、アカへとメッセージを送る。
すると、直後にメッセージは既読になり、同時に返信が届く。
『師に同じ!』
と。
「あ〜、アカは今日からばあちゃんのとこで修行するんだったなぁ・・・」
諦めたようにポツリと呟いた重清が視線をあげると、ジト目のケンと、バッチリ目が合った。
「あ〜っと。き、近日中には必ず―――」
「明日だ。」
「・・・はい。」
重清は、睨みつけるほどのケンの強烈な眼差しに、ただそう答えることしかできなかった。
「あと、このことを誰かに話したら・・・・」
そう言って、ケンは重清に背を向けて去っていった。
「いや、話したら何!?怖い!一番怖いパターンのやつっ!!」
「いい加減に、しなさぁーーーいっ!!」
重清のつっこみよりも大きな島田さんの大声が、図書室中に響き渡るのだった。
図書室を利用していた生徒たちは、重清ではなく島田さんを見て、ため息をつくのであった。
重清が居たたまれない雰囲気と島田さんの痛い視線を掻い潜って社会科研究部の入ると、ケンを含めた全員が既に揃っていた。
「あれ?ノリさんは?」
「すぐ来るから、ここで待ってろってよー。」
重清の言葉にショウがそう答え、各々が島田さんに怒られない声量で歓談していると、ノリが部室へとやって来た。
「はーい、みんなちゅうもーく。」
ノリが、そう言って全員の前に立った。
「えー、今日はみんなに、新しい仲間を紹介します。入ってくれたまへ。」
そう言ってノリが手を叩くと、おそらくこの演出のために閉めたであろう扉が再び開け放たれ、そこから1人の女子生徒が入ってきた。
「このたび、こちらに転入部させて頂くことになりました、鈴木麻耶です!」
島田さんの怖さを知らない麻耶が、そう大声で言って深々とお辞儀をした。
「はぁ!?」
ほぼ全員が、声を揃える。
その中で、ケンだけがいつもの無表情の中に微かな歓喜の色を浮かべていたのを、シンがニヤニヤして見ていたのだった。
「ってことで、詳しくはあっちで話すぞ?」
島田さんに頭を下げて麻耶が開け放った扉を閉めたノリが、部屋に掛かった掛け軸を指してそのまま掛け軸の向こうへと進んでいった。
一同は不思議そうな顔をしながらも、その後に続くのであった。
なお、社会科研究部の部室の外にいた島田さんは、『謝る古賀先生もカッコよかったなぁ』とひとしきり乙女乙女したあと、再び手に持ったアイドル雑誌を読みふけっていた。
そして、一部の図書室の常連達は、そのいつもの一連の流れをみて、
(島田さん、ガンバレ!)
と、心の中でエールを送るのであった。
---あとがき---
次回更新は明日12時です!
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