「わかっている」と「わからない」への応援コメント
「こんなに波長が合う人に初めて会った」が、お互いにそうだったら幸せなのでしょうね。
そうでないなら、かなりしんどい相手になりそうです……。
作者からの返信
K・t様、こんにちは。
コメントありがとうございます。
お互いにそう思えるのは幸せなことだと私も思います。程よい距離感って難しいです……。
価値観が違えば違うほど、そこを埋めるための努力が必要だとは思うのですが、どちらか一方が努力し続ける関係は破綻しそうです。それこそ、かなりしんどい相手になるでしょうね……。
欲張りへの応援コメント
今を大切に生きる、って大事ですよね。
感謝、ありがとう、中々言えないけど…。
私は、アウトプットが下手くそで、それが上手な人って、恐らく、日々感謝の気持ちを持っている人なのだろうなぁって、思います。
(それが自覚してだろうが、無自覚であろうが、です)
失って気付く、膨大になり過ぎた想い出の中で溺れる前に、ちょっと良いお話を聞かせて頂きました。( ^∀^)
ありがとうございます。
なろう、読みに行きました。(笑)
携帯電話の調子良さそうですね?赤毛のアンみたいな新たな登場人物にも、興味が湧きましたよ。
作者からの返信
ninjin様、こんばんは。
コメントありがとうございます。
感謝するって、言葉にするのがすごく照れ臭いですよね。私は昔すごく捻くれていたので、いい子ぶってるようで両親に素直に感謝することができませんでした。今は面と向かってではないけれど、少しずつ感謝の気持ちを伝えるようにしています。
ninjin様はアウトプット上手そうに見えるのですごく意外です。こうして目立たない私の言葉に気づいて言葉をかけてくださいますし。
さりげない優しさにいつも救われています。ありがとうございます(^^)
携帯、調子がいいのですが、反応が良すぎてフリックが滑って結構打ち間違えてます(^^;)
赤毛のアンさんはこれから結構出てきます。お母様の秘密が暴かれた時にロスヴィータの失うものが結構多くて、それでも彼女が小さくても希望を見出せるような気づきを与えてくれる存在になってくれればいいな、と書いてる私は願ってます(^^)
万華鏡のようにへの応援コメント
近くに居ると、何故だか「わるいところ」「いやなところ」ばかりが目に付いてしまう問題って、ありますよね。
ひとりで考えてみたり、少し距離を摂ってみたりすると、相手の気持ちや「いいところ」が見えたりすることも儘ありますが、離れること自体が難しかったり・・・
私も、昔、親元を離れて初めて、あんなに嫌いだった親のことが、大好きになったことを思い出しました。(笑)
作者からの返信
ninjin様、こんばんは。
コメントありがとうございます。
そうなんです。距離が近ければ近いほど、粗が見えるからでしょうか(^^;)
喧嘩した後とかに冷静になると、自分の悪いところに気づいて、相手を責め過ぎたと反省するんですけどね……。
私もです。離れて初めて、親と対等な関係になれたことで好きになれました(^^)
言葉の海への応援コメント
自分も書いてしまってから失敗した、と思うことがよくあります。書きながらどこかに落とし穴があるんじゃないかとおそるおそる確かめながらやっているので、文章を書くのもとても時間がかかる方です。
個人的な感想なのですが、海星さんの文章を読んでいると、とても慎重な方なんだと感じるので、この詩で言われていることも何となく分かるような気がします。
作者からの返信
@obak様、おはようございます。
コメントありがとうございます。
同じですね。
私もいつも確認してしまいます。
物語ならフィクションだから、と思えるのですが、エッセイやこういった詩には自分の思想が反映されてしまうので、特に考えてしまいます……。
私はすごく大雑把で、失敗ばかりなんです。それも同じことを何度も……。反省を活かせないんですよね。
慎重というよりはすごく臆病なのだと思います。また同じことになったらどうしようと、いつも戦々恐々としています(^^;)
映し鏡への応援コメント
拝読しました。
今の世の中、特に青い鳥を飼っている方の中に、
そんな人がいるなぁ。という印象があります。
正論とは剣のようなものかなと。
飾られているのは美しい。
持っていれば、強味にもなるけれど、
むやみに振り回せば、人を傷つける。
それを持って人に迫るのは脅迫しているのと同じこと。
犯罪となんら変わらない。
自分の意見を通すための正論はただの凶器だと私は思います。
作者からの返信
しろきち様、こんばんは。
コメントありがとうございます。
>正論とは剣のようなものかなと。
本当にそうですね。使い方を間違えると、正論も凶器にもなります……。
それに、人によって信じる「正義」は違っていて、正論もまた捉え方が違うのかもしれません。
ひょっとしたら主張された相手は「その考えは間違っている」と思っているかもしれませんし。それを指摘すればするほど言った本人は躍起になって「正論だ」と主張する。
その場合、「正論」が呪いにもなりうるので「魔剣」に変わるのかも……と、明後日の方向に思考が行っちゃいました(^^;)
映し鏡への応援コメント
心に刺さりました。
私はどちらかというと、心だけ潔癖なところがあると、主人から言われる時があるので。
心が綺麗でありたいと、思ってしまうんです。
そのくせ、現実はそんなことある訳なくて、色々黒い気持ちに苦しんでいます。
でも、そうですね。
綺麗すぎると息が詰まるものかもしれません。
そして、無理矢理綺麗になろうとしたら、自分ではなくなってしまうのでしょうね。
最後の一文。本当にどきっとしました。
考えさせられました。
作者からの返信
天音 花香様、はじめまして。
コメントありがとうございます。
私も綺麗な心でありたいと思って、醜い感情に蓋をしていたことがあります。
ですが、本来の自分と理想の自分の狭間で苦しんで、結果的に自分自身が乖離していくような怖さを覚えました。
醜い感情があっても自分は自分。そんな自分を赦して、一番自分を大切にできるのもまた自分なのかもしれない、私はそう思います。
あと、人は自分を映す鏡だから、自分が潔癖すぎると、それもまた自分に跳ね返ってきてしまうのではないでしょうか。
相手も潔癖になって、更に自分が苦しむことになる。
何事も程々がいいのかもしれませんね。
映し鏡への応援コメント
こんばんは。
考えさせられました。
正しくあろうとするのは大切かもしれませんが、強要されると辛いですよね。
>何の過ちも犯さない素晴らしい人間に
現実で色々と経験すると、そうなれたらと思わなくもないですね……。
作者からの返信
こんばんは。
正しさも限度があるような気がするんです。昔、歴史で習いましたが、「白河の清き流れに住みかねて元の濁った田沼恋しき」ですね。綺麗過ぎる世界では住みづらいところがあります。
過ちを犯さない素晴らしい人間にというのは、人間らしさを無くすことなのかもしれません。右にならえで主張のない世界は幸せなのかわかりません。抜けているから助けてあえるのも、人のいいところなのだと私は思いたいです。
私色への応援コメント
こんばんは。
自分らしさ、大事ですね。
いろんな色を足した末の黒なら、目を凝らせば何かが浮かび上がってくる気がします^^
作者からの返信
K・t様、こんばんは。
コメントありがとうございます。
自分らしさ、本当に大切だと思います。黒の中にどんな色が混じっているか、はたまた模様が隠れているか、改めて目を凝らすといろいろなものが違って見えてきそうで楽しいかもしれないですね(^^)