2:早朝の拉致 その1
ピンコンッ! ピンコンッ!
1DKの狭い部屋に耳障りな音が鳴り響く。
玄関のチャイムだが、どこか壊れてるらしい。ピンポーンと綺麗に鳴るはずが、響かないでコンと机を叩いたような音になっている。古いアパートにありがちだ。
「誰だよ~、こんな朝っぱら――まだ6時じゃないかよ~。勘弁してくれ~。寝たの3時なんだからさ~」
居留守を決め込もうとした真二郎だが、チャイムの音は止まる気配がない。まるで、部屋にいるのを知っているように断固たる態度だ。
「わかったよ~」
ついに根負けして這うようにドアに向かった真二郎はドア越しに声を上げる。
「はい~、どちらさんですか~? 新聞ならいらないからね~」
「間生真二郎さんですね?」
「そうだけど?」
「《ヴァルカン》の件でお伺いしました」
「はい?」
真二郎は眉間にシワを寄せた。なんでゲーム会社の人がわざわざくるんだ? なにかリコールが起こるような問題があったって話も聞いたことがない。
眠い目をこすってのぞき窓から外を見ると、女性がひとり。ダークスーツに細いフレームの眼鏡。ひっつめた髪。いかにも出来るという感じの女性がひとり。30くらいだろうか。
まあいいか、と真二郎はドアを開けた。
「永田町の方から来ました」
「ん? ゲームの話じゃないの? 税金なら払ってます~。というか、無収入です~」
「存じています。ですが、財務省ではありません。私、こういう者です」
そう言って真二郎に渡した名刺にはこうあった。
外務省 総合外交政策局
安全保障政策課 特別地域係
坂城 美姫
「外務省? ここ日本国内ですよね? それに、
「はい。正しくは《ソーサラー・ライフ・オンライン》の件です」
「SLO? なんで外務省が関係してるんだ?」
「詳しいご説明をしたいので入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ」
「ではお邪魔致します」
坂城と名乗った女性は綺麗に靴を揃えて部屋に入っていった。
と、ここで真二郎は失敗に気づいた。ベッドは起きたままだし、自分はスウェット。初めて女性を部屋に入れるのに、これはない。
が、坂城は部屋の様子には目もくれず、《ヴァルカン》のシステムに興味津々だ。
「あいにくお茶も切れてて」
「お構いなく。あれだけSLOに没頭していれば買い出しに行く時間もなかったでしょう」
「ええ、そりゃもう」
「それはともかく、完全クリアおめでとうございます」
「あ、いや、ありがとうござ……って、なんで知って!?」
「これだけのシステムを揃えるにはかなりの金額がかかったのではありませんか?」
スルーかい!
思わず突っ込んだ真二郎だが、面と向かって女性に突っ込む度胸も技量もなかった。
「あ、まあ、ね。30万くらい……って、やっぱり税務署!?」
「ムービングプレートですか。なるほど。それであれだけ軽快な動きを」
「プレイ見てたの!?」
「報告に上がって来てますから」
「報告?」
「はい」
「外務省の?」
「はい」
真二郎は頭を抱えた。外務省というのは国民のゲームプレイを観察する部署だったのか?
「これから話すことは国家機密です。まず、守秘義務についての書面にサインしていただきます」
バサっと書類の束が出された。ざっと50ページはありそうな代物だ。
「朝っぱらからこんな分厚い書類読めるか~!」
「そうおっしゃるかと思い、簡略版を用意しました」
いきなり4ページくらいになった。
「う……めんどくせ……」
「簡単に言いますと、私がこれから話すことは他言無用ということです。それならわかりますね?」
「話の内容によるよねぇ」
「他言すると……」
「殺される、とか?」
「いえ、間違いなく頭が可哀想な人というレッテルを貼られるくらいでしょう。お互いのためにも、どうぞサインを」
どう考えてもおかしい。サインした瞬間、傭兵にさせられるとか、ブラック企業で奴隷のように働かせられるんじゃ……と考えた真二郎だが、すでにそれは経験済みなのを思い出す。じゃなきゃドッキリか詐欺かだ。
「ドッキリでもなければ悪徳商法でもありませんからご安心を。紙も普通のコピー用紙です。カーボン紙ではありません。傭兵に売られたり、臓器を売られたりすることもありません」
「わかったよ」
まだ不安はあったが、真二郎にはそれ以上に好奇心があった。ペンを走らせてサインをする。
「はい、ありがとうございます」
「それで?」
「話を聞いていただく間、移動します。時間がありませんので一刻も無駄に出来ません。着替えも結構です」
「え? このまま?」
「はい。まいりましょう」
「え? ちょい!? 誰、あんたら? やめっこらっ!」
いきなり土足で踏み込んできたゴツい黒服ふたりに羽交い締めにされた真二郎はそのまま外へ連れ出された。
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