VRゲー完クリしたら美女にスカウトされて魔王にゴリ推しされるんだけど、それより現実をコンプしたい
神代創
プロローグ
VRじゃない!
参ったなぁ……。なんでこんなことになったんだ?
僕、間生真二郎は新品の深紅のローブがイマイチしっくりこないのを気に掛けつつ、飾り房のついた腰紐の位置を直した。
鏡が見たい。いや、見たら幻滅するだろうし、見ない方がいいような……。
襟を立て、深呼吸する。
まるで映画のセットに立って出番を待つ役者の気分だ。しかも、ど素人が製作費1億ドルのハリウッド超大作の主演に抜擢されたレベル。まー、そんな経験あるわけないけど。
そんなことを考えながら、僕は用意された舞台に足を踏み出した。
「さあ、どうぞ。ご遠慮なく。出来るものなら、ですが」
色白で耳のとんがった親父が声音に侮蔑を隠そうともしないで言う。
辞めた会社の上司みたいな野郎だなぁ。
うんざりして、ため息をつく。その会社というのは典型的なブラック企業で、そのおかげで僕はずいぶんとひどい目にあったのだが、それは今は関係ない。
「見ろ。魔力など欠片もないではないか」
「あれで我らと対等に国交を結ぼうというのだからな」
「ジャチクどもは我らに使われておればよいのだ」
一瞬、社畜と言われた気がして、こみ上げて来た怒りをグッと飲み込む。あれはあくまでもこっちの言葉だ。似ていても意味が違う。無能力で役立たず。そんな意味だと聞いた。
僕が位置についてもヒソヒソと声を落とすこともなく、親父どもはおしゃべりを続けている。僕を、というか、僕の世界の人間を完全に見下してる。
はあっと深いため息をこぼして気分を落ち着かせ、周囲を確認する。
僕がいるのは生成り生地の大型テントのひさしの下。その前方は開けた土地。というか、見事なくらいになにもない平原だ。
膝丈くらいの草の絨緞の彼方、50メートルほど前方に一本の大木が真っ直ぐにそそり立っている。杉のような感じだが、若干葉っぱの形が違う。ここは異世界エルタリアなのだから当然だ。そんな世界が現実にあるというのは、僕もほんの数時間前に知ったばかりだ。
「大丈夫です。とにかくゲーム通りにやってください」
感情のない事務的な声が飛んできた。すぐ後ろに控えていたキリッとしたメガネ美人――坂城美姫さんだ。
美人なんだけど、気合い入らないなぁ。もうちょっと感情を込めて欲しいんだけど。まあ、坂城さんも緊張してるんだろうけど。
「いく……ぞ」
ゴクリとツバを飲み込んで、もう何百回唱えたかわからない呪文を口に出す。
「ラ・フラマル=ヤケッてて痛っ……」
自分で思っていた以上の緊張のせいか、思いっきりかんだ。術式の動作もカクカク。
「見てられんな」
「しょせんは魔力もない未開部族でしょう」
「ははは、聞こえてしまいますぞ」
聞こえてるよ、このクソ親父どもがっ!
会社で罵られた時のことがフラッシュバックして、僕は喉元まで出てきた罵声を浴びせたいのを我慢する。
坂崎さんが無視しろと言わんばかりに首を振る。僕は深呼吸すると、標的の大木を真っ直ぐに見た。今相手するのはこっちだ。
「ラ・フラマル=ヤケーレ・テ・エルプテーテ……」
唱えながら型どおりに腕を広げ、弧を描くように回しながら手のひらと指でエレメンタルの形を作る。ゲームではこのタイミングが難しい。僕も最初の頃はよく判定ミスになって敵からの攻撃を受けて全滅になっていたのだ。
そして、呪文が終わりになって、僕は悪戯を思いついて笑った。どうせならそれらしく見えた方がいい。そして、付け加える。
「……ファル・フィラミオ・ピルド!」
ゲームなら敵中隊殲滅くらいの威力がある炎の魔術――爆炎。
精一杯の演技だ。これで少しくらい本物らしく見えるだろ。あとは芝居がバレないように上手く待機している自衛隊員がやってくれることを期待しよう。とにかく、坂城さんに依頼された演技はした。ほら、クソ親父どもが目を見開いてる。
「なんと……古からの正統な術式だぞ……」
「これは……どういうことなのだ?」
「この者たちはジャチク、しかも、魔術など知らぬ下等民族ではなかったのか?」
「魔力など見えんのに、なぜなのだ?」
「まさか……魔王か……!?」
「は? 魔王?」
僕は思わず居並ぶ男たちに振り向いた。
その瞬間、いきなり顔面に熱い風が吹きつけてきた。熱気に思わず目を閉じる。
この世界も酷暑なのかね~。今年の夏は暑いよなぁ。
そんなことを考えた時、ドカンともボカンともつかない派手な音がした。50メートルくらい離れたところでガソリンスタンドが爆発したような音。
予定どおり、ハチヨン――84mm無反動砲が目標を爆破したんだろう。これでバレなけりゃ僕が魔術を使ったことになるはず……。
僕はそう考えた。
「間生クン……」
坂崎さんが緊張した声をかけてきた。この数時間でこんな声を聞いたのは初めてだ。なにかやらかしたかと緊張する。
「あなた、まさか、本当の魔術士だったの?」
「はあっ!? なに言ってんですか? 坂城さんが言うとおり精一杯の演技を――」
坂城さんがツカツカと近寄ってくると、僕の頭を両手で挟んでグイッと首をねじった。
「あっちを見て」
「ち、近い近いっ!」
ドアップで見る坂城さんはやっぱり美人だ。胸はあんまりないけど。
失礼な考えには気づいていないのか、坂崎さんはスッと腕を伸ばして指で示す。
「私ではなくて、あちらです。標的!」
標的の大木は根っこすらなく、代わりにあったのは直径10メートルはありそうな窪み。クレーターかと思えるほど綺麗さっぱり消え失せていた。いや、辺りが黒っぽくなってるのは炭と化した枝や葉っぱか。ロケランが命中したんだろう。
「成功したみたいですね~」
「そうじゃありません!」
テント脇に立つ木陰に身を潜めていた迷彩服姿の自衛隊員が当惑した表情でハチヨンを抱えていた。ロケランには発射した様子はない。
さらに言うなら、僕の足元から標的の根っこまで、草の絨緞が焼き払われたような跡が一直線に伸びていた。
「……え~っと、どういうこと?」
「こっちが訊きたいです!」
坂崎さんの声は少し震えていた。冷静沈着を絵に描いたようなメガネ美人が動揺しているというのはよほどのことだ。
ところが、それ以上に動揺しまくっているのが、居並んだ男たち。立ち上がって僕の方に我勝ちに駆け寄ってくると、一斉に手を胸に当てて片膝をついて敬礼した。顔色はさっきまでとは打って変わって蒼白だ。
「ま、誠に失礼致しました! 魔王……いえ、偉大なる魔術士殿とは知らずにご無礼の数々ひらにお許しを!」
声だけでなく全身が震えている。
「どうなってんの?」
僕は小声で坂城さんに訊く。
「どうなってるかって、どうして、間生さんが、魔術を使えるんですか!?」
「えっと、つまり、これ、僕がやったの?」
テントから標的の大木まで一直線にたなびく白煙を指さし、思わず問い返してしまう。
「だから、さっきからそう言ってるでしょう!?」
どうしてこんなことになったんだっけ?
僕は首を傾げながら振り返る。
事の始まりは、今から13時間前の深夜に遡る……。
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