第98話:白亜城の思い出④


 

 離宮は外から見ると白一色だけど、中に入ると様々な色があふれていた。階段からつながる二階の廊下にはフカフカの紅い絨毯が敷かれていて、通路沿いに大理石と別の石材と組み合わせた模様や明るいトーンの壁紙が、通り過ぎる部屋の中にはあちこちに豪奢なタペストリーが飾られている。どれもこれもが高級に違いないのに、不思議とけばけばしさを感じないのは、たぶんデザインとか色合いが品のいいトーンでまとめられているからだ。さすがは王族の持ってらっしゃる建物である。

 「夏の別荘って扱いだから、これでもあんまり大規模じゃないらしいよ。手前は国王が謁見とか執務をするための棟で、奥側がご家族や客人の部屋が集まってる場所なんだって」

 「小さい方なんだ、これ……」

 こともなげに言うリックだが、考えてみればゲームでちらっと出たランヴィエルの王宮も相当でっかかった覚えがある。避暑のために季節限定で使う場所とはいえ、仮にも王様が住むんだからそれなりの体裁が必要ってことなんだろう。たぶん。

 「手前が仕事用、奥が住居スペースって、なんかフィアんちみたいだねー」

 「いや、同じに考えちゃ悪いでしょ。ていうか王様、休暇でもしごとするんだ」

 「あ、お休み前に必死で片づけて時間取るらしいよ? 離宮まで持ってくるのは、どーしても急ぎで見てほしいとかサインがいるとかってやつなんだって。そのために早馬まで出すのは勘弁してほしいって、うちの殿下がため息ついてたっけ」

 それだけがんばっても一週間まるまる羽根を伸ばせるってことはめったにない、とも言っていたところを見るに、王族のひとというのは年中忙しさと二人三脚なのが普通のようだ。確かあれはリュシーに質問されて答えたセリフだったけど、基本的にクールな殿下にしてはめずらしくげんなりした表情をしてて、なんだかおもしろかった記憶がある。王太子も大変だなぁ。

 そんなゲーム知識を思い出しつつ補足したのだけど、それを聞いた三人が同時に微妙な顔をした。りっくんはあからさまにおもしろくないって様子で、女子コンビは……なんていうか、どう返せばいいのかわからない、って感じだ。あれ、なんかマズいこと言ったかな?

 『あいえ? ねーねーたち、なんか口がもごもごしてるんさー』

 「ええーとその、なんていうか……うん、とりあえず顔貸そうか。イブマリー」

 「ごめんりっくんちょっと待って! 今後のために若干お時間いただきマスっ」

 「はいはい。どうぞごゆっくり」

 「ええええええ」

 フードの中で首を傾げた(たぶん)イオンに応えつつ、ひらひら手を振るりっくんに一応断りを入れた女性陣がわたしを引っぱって歩き出す。さっき通り過ぎた回廊の角までいくと、抑えた声で訊いてくる。

 「……あのねイブマリー、ヤな質問するかもしれないけど」

 「? うん」

 「その、前に婚約してたのって、そっちの国の王太子、でいいのよね?」

 「うん、そうだよ? 言ってなかったっけ」

 「いや、それっぽいことは何度か――じゃなくて! なんか話聞いてたらそのうちこっちに来るんでしょ、今の恋人連れて!」

 「いろんな意味合いでマズいでしょそれ! ウラ事情があったとはいえ、フラれた相手の顔とか見て大丈夫!? 倒れたりしない!?」

 「…………ああー、そういうことか」

 声は潜めているが、顔色とか口調とかでめいっぱい心配してくれているのがわかる二人に、ようやく合点がいったわたしである。なるほど、いわゆる元カレな殿下と再会して、ダメージをくらわないかって気遣ってくれたのか。

 うーん、この辺はファンの間でも意見が分かれているところだ。アンリエットは生まれる前から次期国王に嫁ぐって決まっていたから、物心ついてすぐの頃からしょっちゅう王宮に出入りして殿下ことレオナールの遊び相手になっていた。いわゆる幼馴染でもあるわけで、いくら旅の間に実力と人柄を認めたとはいえ、ぽっと現れたヒロインと結ばれることを素直に祝福出来るのか、と。

 (本人に確認が取れないからな~)

 出来ればわたしも直接訊いてみたい。が、今すぐそれが出来ない以上、ここは中の人が思うところを話すしかない。

 「んー……正直、けっこうかなり残念ではある、と思う。なんせ小さい頃からお嫁に行くために、あれこれ頑張ってたわけだし」

 「あ゛あー、やっぱり……!」

 「だから若旦那もっと押せって言ったのに~~~」

 「あ、で、でもね? 相手がリュシーだっていうのは何にも不満じゃないの。だってあの子が来てから、殿下がものすごく明るくなったし」

 レオナールは婚約者のことを嫌ってこそいなかったが、あまりにも小さい頃から一緒にいすぎたせいか『女の子』としては見れていなかった。正直アンリエットの方も、それが自分の役割で義務だという責任感で『完ぺきな婚約者』になるべく肩ひじ張りまくっていたところがあった。

 リュシーはそんな義理義理の二人、両方の心情に寄り添ってくれたのだ。生い立ちのせいで周りに気を遣いまくるクセがついていたとはいえ(そしてゲームのシナリオだとはいえ)、ああやって自分の障害になるかもしれない相手にまで優しくできる子は滅多にいないだろう。そんな彼女だからこそ、殿下もライバルも心を開いたのだ。きっと。

 「だから二人が両想いになって、正直ほっとしたっていうか、あれはわたしじゃ出来なかったろうなぁというか。だから今度来てくれて顔見るのがちょっと楽しみというか――ふぎゃっ」

 「あーもうっ、イイ子すぎかー!! あんたどんだけ人が良いのよホントーっっ」

 「言いたいことはよーくわかったから! でも今後もしなんか困ったことあったら絶対相談してねぇぇぇぇぇ」

 『きゃあああああ』

 なんか、感極まったらしいフィアメッタとリラに力いっぱいハグされてしまった。ちょっ、首と胴体を同時に締めないで!! イオンも悲鳴上げてるし!!


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