「ふーん…、で、勢いで襲っちゃったわけだ?」


襲ったって…、そんな言い方しなくても…


『潤一さんが悪い』


あんなDVDを翔真さんに貸したりするから、だから…


「まあね…、潤一もお節介が過ぎると思うけど、何も襲わなくても良かったんじゃない?」


だから!

俺は襲ってねぇし…!


「まあ…、分かんなくもないけどさ…、その…早くそういう関係になりたい、って気持ちって言うかさ…。でもさ、焦る必要はないんじゃない?」

『俺は別に焦ってなんか…』


確かに、翔真さんと“そういう関係”になりたいとは思ってる。

でも今すぐどうこうとか…、焦る気持ちなんてない。


「そっか…、うん、そうだよな…」


妙に納得した風で、両腕を組んでウンウンと頷く雅也さん。

多分雅也さんは、俺よりもずっと翔真さんの今の心境を理解してるんだと思う。


雅也さんも翔真さんと同じ…、潤一さんと付き合う以前は、女の人しか愛せない種類の人だったから…


『雅也さんも最初は怖かった?』

「俺? 俺は…そうだな…、怖くなかった、って言えば嘘になるかな…」


やっぱそうなんだ…?


「でもさ、潤一が凄く優しくしてくれたから、不思議と安心出来たかな…」

『潤一さんが?』


意外だった。


だって俺の知ってる潤一さんはもっと強引で、そういうことに関してガツガツしてそうな印象しかなかったから、まさか優しく出来るなんて…正直思ってもなかった。


人って見かけによらないんだな…


「だからさ、桜木さん…だっけ、どんな答え出すか分かんないけどさ、智樹は安心していいんじゃない? それにあの人、智樹が思ってる以上に、智樹のこと好きだと思うよ?」


そう…なのかな…

俺には分かんねぇや…


「だってそうじゃなかったら、わざわざ有休取ってまで智樹と旅行行こうなんて、普通思わないでしょ?」


えっ…?


『何の話し?』


首を傾げる俺を見て、雅也さんが咄嗟に「しまった」って言って口を手で塞いだ。


「聞いて…なかったの?」


うん…、何も聞いてないよ…?

つか、何で雅也さんが翔真


さんの予定知ってんの?






翔真さんからの連絡はないまま、窓の外が明るくなって…


いい加減寝ないとヤバいか…


結局一睡も出来ないまま、俺は朝を迎えた。

俺はスマホを手にベッドに入ると、全く眠気の来ない瞼を閉じた。


いつもなら、どれだけ眠たくなくても、ベッドに入った瞬間に眠れるのに、どうしてだか全然眠れなくて…


ギュッと瞼を閉じて思う…


いつの間にか、時間なんて関係なく翔真さんが寝がけにくれる「おやすみ」の、そのたった一言が、俺にとってまるで魔法の呪文みたくなってたんだな、って…


はあ…、ダメだ、寝れねぇ…

シャワーでも浴びて来るか…


俺はベッドの上に起き上がると、全く鳴る気配のないスマホを枕元に置いた。

ハンガーにかかったままのバスタオルを引っ張り、プラスチックケースの中から着替えを出す。


その時、ともすれば聴き逃してしまいそうな小さな電子音が鳴って、スマホが短く震えた。


もしかして…!


俺は急いでスマホを手に取ると、すぐ様メッセージアプリを開いた。


翔真さんかもしれない…、なんて淡い期待を抱きながら…


でもスマホの画面に表示されたのは翔真さんの名前ではなく、潤一さんの名前で…


何で潤一さんが…?


内心訝しみながら、潤一さんからのメッセージをスマホに表示させた。


『桜木、風邪引いて熱あるみたいだから、覗いてやってくれる?』


え…、翔真さんが…?

この間の晩、裸で寝たりしたから…?


俺は『分かった』とだけメッセージを返すと、シャワーを浴びるのは後回しにして、スマホと財布だけを手にアパートを飛び出した。


自転車に跨り、強い陽射しが降り注ぐ中を汗だくになってペダルを漕いだ。


途中コンビニに寄って、レトルトのお粥や、プリンとかゼリーとか?

食欲がなくても喉を通りそうな物を、片っ端からカゴに投げ入れた。


あ、飲み物とかも必要…か…?

あとは…、なんだ…


俺は思いつく限りの物を買い込み、ズッシリと重い袋を自転車のカゴに載せると、再びペダルを漕いだ。


道なんて、良く覚えてないのに…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る