3
どれだけ泣いたんだろう…
ズッと鼻を啜ると、鼻の奥がツンと痛んだ。
「少しは落ち着いた?」
頭上から降ってくる声に顔を上げると、桜木さんの優しい笑顔があって…
マジか…
その時になって漸く、自分の手が桜木さんの背中に回っていたことに気が付いた。
無意識だったとはいえ、恥ずかし過ぎる状況に、俺はパッと身体を起こそうとしたけど、俺を抱き締める桜木さんの力が思いのほか強くて…
結局俺は桜木さんの胸に引き戻されてしまう。
背中をポンポンと叩かれ、桜木さんの胸にビタリとくっつけた耳から聞こえる、桜木さんの心臓の音を聞いていると、どうしてだろう…凄く落ち着く。
と、同時に襲って来る睡魔に、俺は涙を拭うフリをして瞼を擦った。
でもそんなの桜木さんには全部お見通しで…
「沢山泣いたら眠たくなっちゃった…かな?」
まるで小さな子供に話しかけるような口調で言われ、俺は咄嗟に首を横に振るけど、すぐに小さく頷いて見せた。
「そっか…、じゃあもう時間も遅いし…そろそろ…」
そう言ってベッドの片隅に置かれた時計を見た桜木さんが、次に何を言おうとしているのかなんて、聞かなくたって分かる。
『帰らないで…』
俺は心の中で呟きながら、桜木さんの背中に回した腕に力を込めた。
「大田…君…?」
少し困ったような声…
「えっと…、そんなにキツく抱きつかれたら俺…、帰れなくなっちゃうんだけど…」
『だって帰したくないんだもん…』
俺は更に力を込めた。
一瞬、桜木さんの口から「ぐぇっ…」って声が漏れたような気もするけど、関係ない。
こうなったら、桜木さんが「YES」と言うまで、絶対この腕を離すもんか!
っていうか、桜木さんて…、真面目な人だとは思ってたけど、案外頑固なんだね?
ま、俺も頑固さでは負けてないけどさ(笑)
「はあ…」
溜息…だろうか、桜木さんが短く息を吐き出した。
怒って…る?
俺は桜木さんの胸に顔を埋めたまま、上目でそっと桜木さんの顔を覗き見た。
不安…だったんだ。
桜木さんともっと一緒にいたい、って思ったのは事実。
でも(もう手遅れかもしんないけど…)我儘を言って困らせて…、その結果、桜木さんに嫌われたら…って思ったら、やっぱり不安で、怖くて…
いつの間にか、こんなにも桜木さんのことを好きになっていた自分に、少しだけ驚いた。
「シャワー…、借りても良い? ついでに着替えも貸してくれると有り難いんだけど…」
えっ…、それって…
今度こそ目を見開いて見上げた視線の先で、桜木さんが「ん?」と首を傾げた。
だから俺は、桜木さんから離れることなく、左手だけを伸ばしてペンを握ると、
『パンツ、新しいの無いけど良い?』
不器用な手つきでメモ帳にペンを走らせた。
「あ、ああ…、うん、そう…だよね…」
『俺ので良ければ貸すけど?』
俺自身は、使い古した下着とか、貸すのも借りるのも、けっこう気にする方なんだけど、桜木さんは別。
「そうだね…、流石に下着無しで…ってのも落ち着かないから、貸してくれる?」
『ちょっと待ってて? 用意するから』
俺の背中から、桜木さんの腕が離れて行く。
本当はもう少しこうしていて欲しい。
でも仕方ない…
俺は僅かに痺れを感じ始めた足で立ち上がると、プラスチックケースの中から、比較的新しい下着と、寝巻き替わりになりそうなシャツとハーフパンツを取り出し、それを桜木さんに手渡した。
『タオルは風呂場にあるから、適当に使って?』
桜木さんが腰を上げ、「ありがとう」という言葉と、爽やかな笑顔を残し、部屋を出て行く。
その瞬間、力が抜けたのか…、それとも気が抜けたのか…俺はその場にペタンと崩れるように座り、熱くなり始めた顔を両手で覆った。
これじゃまるで、恋する乙女みたいじゃんかよ…
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