第68話 オタデブ、ゲスモブに完敗する
※今回は桂木才蔵目線の話です。
ヒデキと揉めた後、黒井からの連絡が途絶えた。
これまでにも十日ぐらい連絡が無かったことはあるし、黒井は黒井で考えを持って動いているから異常事態が起こっているとは限らない。
ただ、ヒデキに対して敵愾心を剥き出しにしていただけに、気になると言えば気になる。
こちらの世界に召喚された直後、邪竜の討伐を引き受けた時点では黒井の能力は計算に入っていなかった。
だが、人間まで収納できるアイテムボックスという強力な能力を知ってしまっては、それを抜きにした計画は心許ない。
何しろ、絶体絶命の窮地に陥っても、外部からの干渉不能な異空間に逃げ込めるのだから、そのメリットは計り知れない。
仮に黒井が僕らを見捨てた場合、邪竜がこちらの想定よりも遥かに強力だったら全滅する可能性がある。
まぁ、僕は正面からぶつかって負けるならば、それもまた良しだと思ってはいるが、邪竜を倒した後のことを考えると、黒井の存在は欠かせない。
扉も壁も無視して、どこにでも自由に出入り出来るスパイが居るのと居ないのとでは、情報戦において天と地ほどの差がある。
いくら一般人の十倍強力な魔法が使えても、僕らの人数は限られている。
損害を考慮しない物量作戦で押し込まれれば、いつかは限界を迎えてしまう。
こちらの世界で好き勝手して生きるのには、黒井という駒は必要不可欠なのだ。
ボルゲーゼの森での実戦訓練を終えて、元の訓練施設へと戻った夜、ヒデキが僕を二人で相談する時に使っている空き部屋へと誘った。
「黒井からの連絡は無いのか?」
「うん、あれっきりだよ」
「すまねぇ、俺が先走っちまったから……」
「ヒデキ、終わった事を悔やんでも仕方ないよ。僕らは進むしかないんだから、黒井が戻らなかった場合も想定して訓練を続けよう」
「あいつ、まさか日本に戻ったのか?」
「どうだろう……でも、まだのような気がする。こっちで女王とか王弟を探ってるんじゃないかな」
「そうか……」
黒井と揉めた一件で、ヒデキは思っていたよりもメンタルが弱いことが分かった。
フィジカルや格闘センスに関してはクラスメイトの中では追随を許さない存在だが、よくよく観察していると周囲から勝手に持ち上げられた常識人のように見えてくる。
黒井と揉めた件でも、自分が感情に流されていたと気付き、黒井の有用性や危険度を再認識した後は凹んでいる。
僕以外の人間と相対している時には強気の姿勢を崩さないが、僕と二人になると弱気な顔を見せるようになっている。
ヒデキが凹んでいる理由は、黒井が日本に戻る可能性を秘めているからだ。
自分が黒井と敵対したことで、仲間が日本に帰れる可能性を潰してしまったかもしれないと考えているようだ。
僕からすれば、実に馬鹿馬鹿しい悩みだ。
そもそも、自分で日本に帰る手段を見つけられないならば、この世界でどれだけ好き勝手に生きられるか考えるべきだ。
一般人の十倍の魔力を手にして、強力な攻撃魔法が使えるとなれば、日本でヤンキーをやっているよりもずっと良い暮らしが手に入れられるはずだ。
良い女を何人も侍らせて、王侯貴族のような生活をすることだって夢じゃない。
それに、黒井が日本に帰れる可能性を秘めていることは、まだ他の連中には伝えていない。
例え気付いたとしても、そんな方法があるのか……と、とぼけておけば済む話だ。
「ヒデキ、黒井の一件は置いておいて、山の中で自由に動けるようになるには、どういった訓練をすれば良いか考えてよ」
「お、おう、そうだな。この中じゃ無理だろうから、どこか良い場所が無いか兵士どもに聞いてみる」
「うん、お願いね」
「任せろ!」
ヒデキが立ち上がって戻ろうとしたので、ちょっと考え事がしたいと一人で部屋に残った。
「サイゾー……」
予感は的中して、何も無い空間から黒井が呼び掛けてきた。
「どこから聞いてた?」
「最初からだ」
「そっちで話せる?」
「そのつもりだ」
何も無かった空間にドアが開き、黒井がクイっと右手の親指で中に入れと促してくる。
本当にこの男は、僕の心の中まで覗いているのではないかと思うほどタイミングが良い。
「まぁ、座ってくれ。乾杯しようぜ」
ファミレスのボックス席のように作ったテーブルと椅子に腰を落ち着けると、黒井は隠していた品物を取り出した。
「なっ……お前!」
たいていの事では驚かないつもりだったが、黒井が取り出したのはコーラのペットボトルと使い捨てのコップ、それにポテトチップの大袋だった。
「帰れたのか!」
「あぁ、いつでも帰れるぜ。まだ家には戻ってないけどな」
「マスコミとか警察か?」
「対策は必要だろう」
「だな……」
黒井は話をしながら透明なカップにコーラを注ぐ。
キャップを開けた瞬間に炭酸が漏れる音、カップに注がれた時の泡立ちと香りに思わず喉がなる。
「帰還の目途が立ったことに……」
「オタクの才能に……」
「乾杯!」
カップを掲げた後、僕は余裕無くコーラを喉へと流し込んだ。
味、刺激、冷たさ……もう何年も飲んでいなかったような懐かしさを感じる。
「んぐっ……んぐっ……げふぅぅぅぅ、最高だ!」
「だろう? まぁ、飲んでくれ、そして食ってくれ」
黒井がポテチの袋を開けると、油と青のりの暴力的な匂いが襲い掛かってくる。
四、五枚をまとめて抓んで口に中へ放り込み、噛み砕く。
パリパリとした食感、油で揚げたジャガイモの味わい、塩気、青のりのコク……これぞオタクの完全栄養食だ。
「美味い! コーラとポテチ……あんさん、なんちゅう物を食わせるんや」
「やっぱ、この組み合わせは王道中の王道だろう」
「日本から最初に持って来た品物がこれとは……流石だな、黒井」
「そうか? ツナマヨのおにぎりもあるんだが……」
「ぐぁぁぁ……負けた、完敗だ」
「まぁ、食ってくれ」
俺は、黒井が取り出したツナマヨおにぎりの包装を秒で解き、三口で完食した。
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