第55話 モブ兵士、我が身を優先する

※今回はオタデブ・ヤンキーグループの監視をしていた兵士カルキル目線の話になります。


「道だ! 道に出たぞ!」


 叫び声の直後に歓声が上がったのを耳にして、俺達は顔を見合わせた。


「冗談だろう、まだ日暮れまでには間があるぞ。このままだと、本当に今日中に辿り着くんじゃないのか?」


 同僚のツツーベが驚くのも無理は無い。

 今回の実戦訓練では、森を踏破するのに最低でも三日、普通なら四日から五日、少し前まで素人だった連中だから六日から七日掛かるんじゃないかと思っていた。


 今の時点で出発から二日と少々、街道に出ることを優先したコース取りだったことを察し引いたとしても訓練を重ねた兵士と同等か、それ以上の速度で行軍したことになる。


「こりゃあ、マジで邪竜を討伐しちまうんじゃないのか?」

「いや、いくらなんでも奴らだけじゃ無理だろう」


 過去にも竜種が討伐された事はあるが、それこそ精鋭と大軍を投入して、ようやく討伐出来るか出来ないかという相手だ。

 腕利きの冒険者パーティーを募り、兵士と合わせて七百人程度で討伐に成功した事もあるが、千五百人の兵士を投入して全滅した事もある。


 俺達が監視を続けているグループの総勢は九人しかいないのだから、奴らだけでの討伐は不可能だろうが、奴らが加われば討伐できるかもしれない。


「サイゾー、ヒデキ、恐るべしだな……」


 俺が洩らした感想にツツーベ達も頷いている。

 魔法のサイゾーと体術のヒデキ、この二人の実力を訓練施設にいる同僚全員が認めている。


 もう一つのグループは別にして、こちらのグループ九人に対しては、絶対に不遜な態度を取るなと厳しく念を押されている。

 訓練場に来た当初こそ反発はあったが、魔法や肉体の鍛錬に取り組む姿勢を見て、決して敵に回してはいけない人物だと全員が認識した。


「おい、カルキル。駐屯地の受け入れ態勢は大丈夫なのか?」

「あっ……いや、準備ぐらいはしているだろう」


 ここボルゲーゼの森では、度々騎士や兵士の訓練が行われていて、森の両側にある街には騎士団の施設がある。

 今回の訓練では、移動の時から実戦を想定して、食事は質素な携帯食料、宿泊施設も最低限の場所をあてがってきた。


 その代わりと言っては何だが、森を走破した後には相応の宿泊施設と食事を用意すると約束してある。


「本当に用意されていると思うか? まだ二日半だぞ」

「だが、用意されていなかったら……洒落にならんぞ」


 俺達は足を速めて、サイゾー達の後を追ったのだが、街道に出て安心して休むどころか、既に一行は街道を先へと進んでいた。


「ヤバいぞ、ツツーベ。もし約束通りの準備が整っていなかったら、奴らが暴動を起こすかもしれんぞ」


 俺達が監視しているグループを率いているサイゾーという男は、訓練場に付いた直後に不遜な態度をとった俺達の後輩を容赦なく火だるまにした。

 あの頃から格段に魔法の腕を上げ、体力にも磨きを掛けた連中が暴動を起こせば、どれ程の被害を出すのか想像もしたくない。


「走るぞ、ツツーベ!」

「待て、カルキル!」

「なんで止めるんだ、奴らを追い抜いて知らせないと不味いことになるかもしれないんだぞ」

「奴らを追い越したところで、準備が出来ていなかったら間に合わないだろう」

「それは、そうだが……」

「準備が出来ておらず、奴らが暴れ始めたら、下手すれば巻き込まれるぞ。お前、サイゾーの魔法を食らいたいのか?」


 ツツーベの一言で、サイゾー達が訓練場で放っている魔法の威力を思い出した。

 とても人間技とは思えないほどの威力の魔法をガンガン連発しても魔力切れを起こさない。


 本当に奴らは人なのかと疑ってしまうほどだ。

 その中でもサイゾーが放つ魔法は別格だ。


 天を衝く火柱とか、一瞬にして巨岩をドロドロに熔かす炎弾とか、見ているだけで寒気がしてくるほどの威力だ。

 もし、それが自分に向かって放たれたら……痛みや熱さを感じる暇も無く蒸発させられてしまいそうだ。


「カルキル、俺達の役目は奴らの監視だ。奴らがボルゲーぜの森をどう攻略したのか確認して報告する事だ。それ以外の役目については、それを担当する者が責任を負うべきだろう」

「じゃあ、どうしろって言うんだ?」

「奴らが街道に出た時点で、俺達の役目はほぼ終わりだ。後は、奴らの行動を報告するだけだ」

「それは分かった。追い掛けないで良いのか?」

「必要ない。奴らを受け入れる準備が整っていることを祈りつつ、ゆっくりと行けば良い。暴動が起こっていたとしても、巻き込まれないタイミングで到着できるようにな」


 ツツーベ以外の同僚たちも、大きく頷いている。

 兵士という役職に就いてはいるが、それでも恐ろしいものは恐ろしいのだ。


 それに、兵士は民を守るものであり、誰にも守ってはもらえない。

 己の身は、己で守るしかないのだ。


「そうだな、今夜の夕食も携帯食で済ませるとしても、自分から火の中に飛び込んで行く必要は無いな」

「そうだ、命あっての物種だぜ」


 昼頃から降り始めた雨も上がり、西の空には日が差し始めている。

 実戦訓練は、もう一方のグループも戻ってきた時点で終了となり、駐屯地へと戻る予定になっているが……この分ならば、数日の臨時休暇が貰えそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る