1月23日(土曜日)月明りの部屋の中で……
「キスする?」
並んで寝ている時、突然楓坂はそう言ってきた。
正直、ドキッとした。
これだけ一緒にいて、好きだと言ってくれているんだ。
そして辛い時に寄り添ってくれた。
心が揺れないはずがない。
だが同時に、違和感を覚えた。
最近の楓坂はなにかが違う。
なにかから逃げるような、危機感に近い不安を抱えているように見える。
布団から出した手を彼女に伸ばそうとした時、楓坂は「ふふっ」と笑った。
「……って、冗談。ウソよ。あなたの困った顔を見たかったの」
楓坂は体を起こして、窓の方へ移動した。
そしてカーテンを開けて夜空を見る。
月明りが部屋の中に入ってくる。
彼女は背を向けたまま、しずかに語り出した。
「私ね……、今まで何かを成し遂げたことがないの。あと少しという時にいつも失敗してしまう。だから次のバレンタインイベントが……怖いの」
俺から見て楓坂は完成に近いほどのスペックを持っているように見える。
正直、才能溢れる楓坂に嫉妬した時もあった。
でも楓坂自身はまったく真逆の不安を抱えていたのか。
「私は……私に自信が持てない……」
楓坂の顔は見えないが、泣きそうになっているのが伝わってきた。
その声は、俺の心を締め付ける。
苦しい……。こんなやり取りが、こんなに苦しいなんて感じたことがない……。
「だから――」
楓坂が何かを言おうとした瞬間、俺は彼女を後ろから抱きしめた。
「だからさ、楓坂。俺がいるんだろ」
「さ……笹宮……さん?」
「まだお前のことをわかってやれないところも多いけど、俺はいつも一緒にいる。不安があるなら俺がなんとかしてやる。だからそんなに辛そうな顔をしないでくれ」
バレンタインイベントのことで何をそんなに悩んでいるのか、俺にはわからない。
だが、辛そうにしている楓坂をこのままにはできないと思った。
思いやりとか優しさではなく、俺自身がなにがなんでもそうしたかった。
「あなたって……変わらないわね」
楓坂は力を抜いて、静かに俺の手に触れる。
「覚えてる? 六月末の七夕キャンペーンのプレゼン……」
「ああ……」
「音水さんがメンバーから外されそうになった時、あなたは『なんとかする』と言って、本当になんとかしてしまった」
なつかしい話だ。
最初は敵同士だった俺達が仲間になり、こうして二人で一緒にいるようになるきっかけになった出来事だ。
「強引だと思ったけど、あの瞬間……私は……」
それから俺達はしばらくそうしたまま、時間を過ごした。
◆
「きゃっ!? いったぁ~い……」
翌朝、帰りの支度をしていると楓坂が悲鳴を上げた。
「……大丈夫か、楓坂。これで物にぶつかるの三回目だぞ」
「だ……だ……大丈夫よ。私は見ての通り通常通りだから」
「どこがだよ」
はぁ……。本当に大丈夫かよ。
以前キスした時にのぼせたけど、それ以上だぞ。
朝食の時とか、ドリンクに醤油を入れようとして、続けて味噌汁にソースを入れようとしてたからな。
慌てて止めたけど、本人はまったくの無自覚っていうんだから怖いぜ。
「ほら。荷物持ってやるから渡せよ」
「……はい」
部屋を出た俺達はロビーに向かって歩き出す。
旅行バッグを担ぎ直した俺は、隣を歩く楓坂に今日の予定を話していた。
「じゃあ、午前中ぶらっとドライブして帰ろうか。一般道を戦車が走ってるところもみたいし」
「昼食のオススメはしらす丼ですね」
「雑誌で見たスタミナラーメンも気になっているんだが」
「それなら水戸市の方ですので、ついでに偕楽園を見て回るのもありですね」
偕楽園って確か日本三大名園のひとつだっけ。
ふむ。それを見るのも悪くない。
「か……」
エレベーターに乗った時、急に楓坂が口ごもった。
「……なんだ?」
「かか……」
「か?」
「和人……」
何を緊張しているのかと思ったら、俺の名前を呼びたかったのか。
ったく、強気なのか弱気なのかわからん奴だ。
まぁ、そういうところが楓坂のかわいいところなんだけどな。
「どうした、舞」
俺も楓坂の下の名前を呼んでみた。
すると顔を真っ赤にした楓坂が、俺の脇腹を指で攻撃し始める。
「ぐはぁ!? な……なんだよ……」
「な、名前で呼び合うのは、もうちょっと先にしましょ。まだ、恥ずかしすぎますし」
「つーかおまえさ。脇腹をいきおいよく突くの止めてくれよ。弱いんだから」
「知ってますよ。昨日の夜……アレだったもん」
「……」
まぁ、なんというか……。俺達の関係は前に進むことができたようだ。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、楓坂の不安の原因が!?
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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