9月3日(木曜日)笹宮の活躍!


 そのことを知ったのは、通勤電車に乗っている時だった。


「応募の受付が一時中止?」


 驚いて訊ねる俺に、結衣花はいつものフラットテンションのまま頷いた。


「うん。昨日の夜、急に応募ができなくなったんだよね」


 トラブルが起きたのは、結衣花が応募しようとしていたイラストコンテストだった。


 すぐにサイトを開いてみると、『諸事情により一時的に応募の受付を停止しております』と書かれている。


 具体的な理由が書かれていないうえ、いつ再開するのかといったことがまったく書かれていなかった。


 結衣花は淡々と話を続ける。


「こういうのって向こうにも都合があるんだろうし、しかたないよ」


 心なしか、結衣花は落ち込んでいるように見えた。


 それはそうだ。

 コンテストへ応募することを目標に、時間を掛けて作品を描いていたんだ。


 それが一度も日の目を見ないままお蔵入りするとなれば、誰だって気分は良くない。


 いったい、どうなってるんだ?


   ◆


 会社に到着すると、営業部は騒然としていた。


 時刻はまだ八時二十分。

 就業時間まで時間はあるというのに、これは異常なことだった。


 騒ぎの中、俺は後輩の音水に声を掛けた。


「おはよう、音水。何かあったのか?」

「笹宮さん! ちょうどよかった!」


 挨拶をするのも忘れて、音水は俺に助けを求めてきた。

 これはかなり緊急を要することのようだ。


「実はハロウィンのイラストコンテストなんですが、システム障害で応募の受付ができなくなってるんです」

「そうだったのか……」

「明日には回復できそうなんですけど……Twitterで炎上してしまって……」


 Twitterだと?


 すぐに俺も確認してみると、イラストコンテストが急に応募受付を停止したことについて、すさまじい勢いでリツイートがされていた。


「収拾がつかないのなら、クライアントはコンテストそのものを中止すると言い出してきたんです……」

「そんな……」


 どんな理由であっても、一度Twitterで炎上騒動が起きると企業側のイメージダウンは避けられない。

 これ以上の混乱を回避するため、クライアントは中止を考えたのだろう。


 だが、そうなると今まで頑張ってきたユーザーの気持ちはどうなる?


 なにより結衣花があんなに頑張っていたのに、それが何一つ報われないなんて……いくらなんでもあんまりだ。


「笹宮さん。こういう時はどうすればいいでしょうか」


 不安気な表情で訊ねてくる音水に、俺は冷静に答える。


「大丈夫だ。俺に考えがある」

「え!? 本当ですか!!」


   ◆


 翌日の朝。

 通勤電車に乗っていると、結衣花がいつもの調子で声を掛けてきた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 彼女の表情はスッキリしている。

 きっと心配のタネがひとつなくなったからだろう。


「昨日言っていたコンテストだけど、応募の受付が再開してたよ」

「ほぉ、そうなのか」

「なんかね、コンテストをバージョンアップするっていうサプライズだったみたい。受賞賞品が増えたのは嬉しいけど、本当に驚いたよ」


 結衣花はスマホを操作して、イラストコンテストのトップページを表示する。


 二日前とはガラリとデザインが変わり、デカデカと『コンテストがバージョンアップ!』と書かれていた。


 基本的な内容に変更はないが、受賞数と景品の追加、さらに審査員に有名クリエーターが参戦したことを発表している。


 そして、これを仕掛けたのが俺だった。


 ちなみにイラストコンテストのトップページのリニューアルは楓坂も手伝ってくれている。

 結衣花の名前を出したら、怒涛の勢いで作業をしてくれた。


 結果、今朝のTwitterは驚きのコメントで溢れていた。


 中には失敗をごまかしているだけだという批判もあったが、全体的には歓迎ムードだ。


 もっとも、俺が裏で動いていたなんて結衣花に言えるわけがないけどな。


 その時、音水からLINEが届いた。


『笹宮さん。昨日はありがとうございました。クライアントもTwitterの反応を見て大喜びしていました!』

『無理を言って悪かったな』

『なに言ってるんですか。みんな笹宮さんに感謝しているんですよ』


 スマホをポケットに戻すと、結衣花が訊ねてくる。


「後輩さんからLINE?」

「ああ。言っておくが業務連絡だぞ」

「本当かなぁ」

「疑う要素なんてないだろ」


 すると結衣花は俺の目をじっとみつめた。


「だって今日のお兄さん、目の下にクマを作ってるんだもん」

「あー。ちょっと仕事でバタバタしててな」

「えっちな業務内容?」

「そんな業務は存在しない」


 まったく、こういうところがなければ本当にかわいい女子高生なんだけどな。


 だが、結衣花のこういうからかい方は聞いていて不快感がない。

 俺も変な方向に調教されてしまったぜ。


 むにっ、むにっ。


 結衣花は二回、俺の腕をムニってきた。


「お兄さん、ありがとう」

「……なんでいきなり感謝するんだ?」

「なんとなく、私のために頑張ってくれたような気がしたから」


 結衣花は俺が裏で動いたことは知らないはずだ。


 だが、まぁ……。

 そう言ってくれると、正直うれしいと思う。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、結衣花からのお願いは、まさかのデート!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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